「なぁ、イザーク」 俺のめちゃくちゃな一日は、アスランとか言う成績優秀者様様から始まった。 騒々しい朝 読んでいた、ある島国の古い歴史書から顔を上げ、そいつを見る。 突っ立っているアスランの後ろの方で、ディアッカとニコルが笑いを堪えたようにしてこちらを見ていた。 「……何だ」 あえて、傍観を決め込んでいるらしい二人のその表情を気にしないように心がけ、ぶっきらぼうにアスランに言う。 まさかそいつが次に言った言葉に、振り回されることになるとは… 「処女って何だ?」 「はぁあ!!?」 耳を疑ってしまった。 思わずソファから腰を浮かせて立ち上がってしまう。 アスランがそのことを知らないどうこうではなく、こんな場所…皆、暇な時はMSの見渡せる待機室っぽい所に集まっていた…でさらりと言ってのけたことに驚いた。 「な、なんだよいきなり大きな声を出して…」 「ディアッカァア!!」 ニコルと共に笑いを堪えているかように口元に手を当て、顔を背けている幼なじみを呼ぶ。 目の前にいる奴は吊られてディアッカの方を向いた。 「何だよ?イザーク」 「貴様だなぁあ!?こいつに変な入れ知恵をしたのは!!!」 こいつ――…とアスランを指差し、怒鳴ると、思ってもみなかった場所から声が返ってきた。 「違う!俺がニコルとディアッカに聞いたら、ディアッカがイザークなら教えてくれると…」 「貴様…!!」 アスランの声を遮ってディアッカを睨むと、アスランは俺の腕をがしっと掴んできた。 何だ!と言いながらアスランを見れば、アスランはいつものように…いや、いつも以上に真剣な顔をしていた。 「今お前と話をしているのは俺だ!」 幼い子供が、自分にかまってほしくて駄々をこねているような印象を受ける。 こいつは真剣な顔をしているのに…何故だろうか。 「教えてあげればいいじゃないですか」 爽やかな、まだ幼さの残るですます口調。 アスランの頭に被っている為によく見ることは出来ないが…ニコルの声。 「貴様等が教えてやればいいだろうが」 俺は少し落ち着きを取り戻し、アスランから自分を引き離して言った。 先程から暑くてしょうがない。 「僕とディアッカじゃ手に負えないんですよ…」 はぁ、と息を洩らし、諦めを含んだように言っているが、明らかにニコルの口元は笑っている。 アスランは、こちらが困ってしまうような困った顔をして俺を見ている。 いや、待て、何で俺が。 「イザーク…」 形のいい唇から俺の名前が紡ぎだされる。 はっきり言って ――可愛い。 「あぁもういい!俺の部屋に行くぞ!!」 少し赤くなってしまったかもしれない熱い頬を悟られないようにアスランの腕を掴んで扉へと向かう。 突然引っ張られ、アスランから抗議の声が漏れるが気にしない。 部屋からでる直前、俺はディアッカとニコルを振り向いた。 「ディアッカ!部屋にくるなよ、それと!!……後で憶えておけっ」 産まれてきたことを後悔させてやると言わんばかりの睨みをきかせ、戸惑うアスランを連れて部屋を出る。 「ぁ…すまん」 腕を掴んでいたことを思い出し、慌てて離した。 というか…腕、細いよな。 前から思っていたが… 「いや、別に…」 ほんのりと、透けるように白い頬が朱に染まっている。 待て。 どうしたんだお前は。 疑問に思ったが口には出さない。 だが顔には出ていたようで、じっと見ていた俺を、アスランは不審そうな目で見ている。 「何だよ…」 「………行くぞ」 アスランに背を向けて歩きだすと、アスランは少し小走りになりながら俺の横に並んだ。 もともと身長差はあまり無い為、並べば同じ歩調でついてくる。 何の用事でこんな…あ、そうか。あの…… 「その…あー……処女…ごほごほっ…と言う言葉、どこで聞いた?」 『処女』というところだけ著しく声を小さくし、アスランに聞く。 「ディアッカに『お前まだ処女か?』と言われた」 さらっと言うアスランにまた慌てる。 小声で言え!小声で!! やはりあいつなんじゃないか!!!……ディアッカめ…後であーしてこーしてこんっっなにしてやる!!!! そもそもあいつが言ったんなら自分で教えろというんだ全く!!! 何で、俺が!!! …ん?アスランは男じゃなかったか? 何故ディアッカはそんな質問を… 頭の中で思考がぐるぐると回る。 そんな俺を無視し、隣を歩く奴は話し続けた。 「クルーゼ隊長にも聞いたんだが…」 「…何ぃい!!?」 予想外の名前。 隊長に…こいつはアホかもしれない。 いや、前から天然だとは思っていたが。 だがな?だがしかしな? あぁ…何で俺はこんな奴に負けているんだ。 「なら、わかったんじゃないのか?」 俺がそう聞くと、アスランはもごもごと口籠もりながらぽつぽつとクルーゼ隊長とした話を話し始めた。 どうやらわからなかったらしい。 『隊長…お聞きしたいことがありまして……』 きっとクソ真面目な顔をして言ったに違いない。 『どうしたのかね?アスラン』 あの仮面の下は気になるが、しっかりとした指揮官ではある。 『処女…とは、何ですか?』 『ほぅ……面白い質問だなアスラン。そもそも…膜というのは全て筋肉で出来ていてな…』 その後はよく憶えていないらしい。 あったりまえだ! こんなマニアックな話を純粋なこいつにわかるわけがない。 『…ということだ。わかったかね?』 『は…はぁ……』 『クク…わからないようだな……どうしてもわからなかったらまた私の所へ来なさい。教えてあげよう…手とり足とりな……』 こんの変態長がぁああ!!! テーブルがあれば引っ繰り返している!! しっかりとした指揮官発言撤回だ!! ディアッカがアスランに言った意味がわかった。 何時の間にやらついていた部屋の前で、話し終えたアスランの肩をがっしりと掴む。 「絶対に隊長の所へは行くな!わかったか!?」 「え…何故だ?」 「いいから行くんじゃない!ほら、さっさと入れ!」 乱暴にパネルのスイッチを押し、アスランを中へ押し込める。 どいつもこいつもふざけやがって! アスランは… アスランは……。 ……何だこの感情は。 知らん!!知らんぞ!! 俺は知らん!俺は男だぞ!?こいつも男だ!! …とりあえず落ち着け、俺。 「あー…椅子はないから適当に掛けてくれ」 椅子はこの前俺が壊した。 アスランは当然のようにベッドへ座る。 あー…それは俺の… 意識しだしたら負けだな、こういうのは。 俺がディアッカのベッドへと座ろうとした…その時。 アスランは少し赤くなりながら言った。 「そこじゃ少し遠くないか?」 「はぁあ!?」 アスランの言葉に驚いて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。 つまりは、隣に座れと。 俺の心臓を壊すつもりかこいつは。 気付いたかもしれないアスランへの気持ちを、勘違いだと誤魔化して、仲間なら近くに座るくらいなんともない筈だと言い聞かせる。 隣に座るのはアレなので、堅苦しいブーツを脱いでベッドの上へと座った。 自室できっちり制服を着ている意味もないので、息苦しい首のホックを外すと、アスランもブーツを脱いでいた。 「おい…何をしているんだ」 「暑いんだ…」 首のホックまでのけている。 タートルネックのアンダーで隠れているとはいえ、制服とは違ってアスランの白い首が少し見える。 バクバクとうるさい心臓を押し止めながら、あぐらをかく俺の向かいでは、アスランが膝を立てて片手をベッドにつけて寛いでいた。 「それで…?」 「ん?」 「処女って何だ?」 ……忘れていた。 どう説明するのが妥当だろうか? とりあえず… 「童貞の意味を知っているか?」 言えば、アスランの頬にさっと朱の色が走った。 処女とさして変わらないぞ。 お前普通に言ってたぞ。 「あ…あぁ、それは知っている」 「女を知らない男を指す言葉だな」 お、耳まで赤くなった。 こいつ…童貞か? 婚約者がいるんじゃ…あぁ、まだ16だもんな。 一人で納得し、その続きを待っているアスランに言う。 「処女というのは、簡単に言えば男を知らない女のことを指す。童貞の逆だ」 今まで自分が何度も言ったことを思い出したのだろうか、真っ赤になっているアスランにつられて頬が熱くなってくる。 ヤバいだろ。 可愛すぎる。 「なら、ディアッカは何故俺に…?俺は男なのに…」 まぁ、そうだろうな。 「同性愛とかあるだろうが…禁断の愛ってやつだ。男はたいがいが処女だな」 その禁断の愛に、俺ははまってしまったのか。 おそらく、以前からこの気持ちはあったのだろうが、気付いたのは今日だった。 …原因が変態長だというのが悔しいが。 「作家が初めて世間に出した本を処女作や、処女作品ということもある」 「イザークは…童貞か?」 俺の説明は無視か。 ……どう答えるべきだろうか。 というか…っ 覗き込むように見るんじゃないっ。 狙っているのか!?確信犯か!? 「童貞ではない…な。貴様は?」 「お、俺は童貞だ…」 「だろうな」 どもりながら言うアスランは、ラクス嬢にまだ手をつけていないらしい。 民衆の夢を奪っていないのはいいことだ。 「イザークは処女か?」 「あぁ」 「…俺もだ」 何故そこではにかむ。 あたりまえだろうが、俺みたいなのに襲われてない限り。 叶わないこの気持ちを、アスランに言うことなどできない。 仲良く…ではないかも知れないが、今の、ガキのように喧嘩をしている状況を楽しんでいる自分がいる。 これ以上を求めて、この関係を壊すことはしたくない。 俺は黙って俯いてしまった。 普通、しんとした、互いに黙ってしまうのは耐えられない空気。 だが、アスランと過ごすこの空気を気まずいとは思わなかった。 ふ、と、影が射した。 なんなのか――この部屋にはアスランと自分しかいないというのにそう思い、顔を上げる。 アスランは膝立ちになり、頬に走った朱はそのままに、熱に浮かされたように潤んだ瞳で俺を見下ろしていた。 「アスラン…?」 「俺は……おかしいのかもしれない…」 アスランの纏っている空気がいつもと違う。 頼りないその表情を見て、抱き締めてしまいたいと思った。 「心臓が…はち切れそうなんだ」 ――イザークのことを考えると 続いた言葉に動揺を隠せない。 それは…つまり、俺を……? いやいや、待て待て待て。 今まで何度、自意識過剰だと言われたんだ俺。 あの褐色の幼なじみに。 何も出来ない。 「イザークが…好きなんだ」 言った途端に、闇色の柔らかな髪が俺の頬に触れた。 アスランに、抱き締められている…? シャンプーの心地よい香りが俺の鼻腔をくすぐっている。 「おかしいよな……男…なのにな」 ははっと自嘲気味に笑って離れるアスラン。 双眸から涙が伝っている。 綺麗だ。 そして、もったいないと思った。 禁断の愛ってやつ?と首を傾げながら笑う姿が痛々しい。 「気にしないでいい…ただ、この気持ちを言いたかった」 離れた熱が恋しくて、そのまま抱き締めた。 強く、強く――… この気持ちが、熱に乗ってアスランに伝わってしまえばいい。 「イザーク…?」 「しゃがめ、アスラン」 ――上手く抱き締められない。 言うと、すとんと座る。 涙を指で拭ってやり、アスランをもう一度抱き締めた。 赤く染まった耳に口を寄せて囁く。 「俺も貴様が好きだ。アスラン」 身体を離し、涙を流し続ける瞳を見つめる。 「……嫌われていると思っていた」 「好きな奴ほど虐めたくなると言うだろう」 「ガキだな」 「何だとぉ!?」 いつもの調子で返せば、アスランは可笑しそうに笑った。 久しぶりだ。こいつのこんな顔を見たのは。 「キスしたいんだ、イザーク」 はっ…!? いきなりか!? 積極的と言っても過言ではないだろう。 俺は何も言わずに頬に手をかける。 アスランが目をつぶると、長い睫毛がよく見えた。 そのまま唇を重ねて離す。 今までのどの女よりも柔らかく、気持ちがいい。 そっとアスランの唇をなぞると、アスランは恥ずかしそうに笑った。 「実は、初めてなんだ」 まさかファースト・キスだったとは。 「イザークになら…処女をあげてもいい……」 「アスラン…」 こいつは、意外と誘い上手なのかもしれない。 だが、気持ちが繋がってすぐに身体を…というのは俺のモラルに反する。 「今度、じっくり教えてやる」 「あぁ…」 首にアスランの両手がかけられる。 また唇を重ねようとした…その時、鍵をかけていた筈の扉が開いた。 「あ」 「あぁああーー!!イザーク!!何やってるんですかぁあ!!!」 最初に小さく声を漏らしたのはディアッカ。 続いて、ニコルの甲高い叫び声。 うるさい奴らだ…と呟きながら、アスランと唇を合わせる。 「イザーク…恥ずかしい……」 はにかみながら言うアスランに視線を送り、ディアッカと騒ぐニコルを睨み付ける。 「だ、そうだ」 「すまないニコル…また後で」 俺から視線を外さず、ニコル達を見ようとしないアスランに、俺は思った。 こいつは、情事にはまる。 「ディアッカ!何とか言って下さいよぉ!!」 「いや…まぁ……俺等がけしかけたようなもんだしな…」 よくわかってるじゃないか。 というか、いつまで扉を開けておくつもりだ貴様等。 他に人が通ったらどうする! 「アスラン……」 「イザーク……」 初々しさの残るアスランと甘い視線を交わしアスランは、アスランが来なければ動きそうにないニコルを連れて出ていった。 「じゃあな、イザーク」 「あぁ」 「早く行きましょうアスラン!」 折角の雰囲気もぶち壊しだ。 ディアッカめ……。 ニコルはいい。アスランがあのいつものすかした感じでどうにか言っているだろう。 「ツートップが恋人同士か…」 逆らえねぇーとぼそっと言った奴の言葉はしっかりと俺の耳に届いた。 逆らえないのはいつもだろうが。 「しかも冷酷ってことでも有名二人が……」 さっきからぼそぼそとうるっさい奴め。 何だ?また気苦労が増えたなどと思っているのか? 「部屋には来るなと言っただろう」 「えっ、お前もしかして、はなっからそのつもりで…!?」 「んなわけあるかぁあああ!!!」 自分でもすごいと思う程の音量とハイトーンでディアッカに向かって叫び、何故か近くにあったスリッパを投げ付ける。 パコーンと素晴らしい音を立てて奴の広い額にクリーンヒット。 我ながらいい腕だ。 いってぇえ!なんて喚いているが気にしない。 たまには身体だけでなく額も鍛えてみろってんだ。 やり方は知らんが。 その後、ディアッカに処女はどう言ったのかと聞かれ、俺は何も言わなかった。 そのことを話し始めると、告白の部分まで言ってしまいそうだというのが理由だ。 あたりまえだがな。 かくして、騒がしい騒動は幕を閉じた。 予想もしていなかったこれ以上ない程良い展開で。 END |
後書き テーマは 『アスランに「処女って何?」を言わせる』 です。ごめんなさい!すいません!!天然が書きたかったのです…(汗) あと、振り回されるイザーク。 続きを書こうか迷っております。 砂吐き注意になるのは必ずですが… まな 05.08.30 |