君がいた、夏



まるで
遠い昔のことのよう



一緒に見た花火を



未だ憶えているけれど



思い出す度
鮮明なそれは



さらに
胸を苦しくさせる





すみれ


祭りには、仲間同士や恋人同士で行くのが通例だ。
ちなみに俺は後者だったが。

祭りをやっている神社は、河に面している位置にあり、毎年神社には珍しく、盛大に花火が上がっていた。
俺たちの目的は、それ。

八時半という、花火大会にしては遅い時間から始まるそれに遅れないよう、俺たちは七時に神社近くの公園で待ち合わせしていた。

やはり、公園にも人がいた。そこまで多いわけでもないが。
ちなみに、この公園から花火を見ることは出来ない。
神社の境内で綺麗に隠されてしまう為、花火を見るならば神社よりも河側にいなければならない。
神社の最上段ならば、もしかしたら人はいないかもしれない。
石段に腰掛けても、眺めを一望出来るだろう。

ふと、名前を呼ばれた気がして顔を上げる。
この喧騒の中でも凛と響いたその声に、つい顔が綻ぶ。
待ったか?と言いながら不安げに見てくるが、携帯を見ればまだ六時台。
大丈夫だと言って時間を見せると、恥ずかしそうにはにかむ。

何よりも胸が騒いだのは、彼の姿。
男物であるのだろうが、女性と見間違えてもおかしくはなかった。
濃い、彼の闇色の髪によく似合う濃淡な青い浴衣。
足元には、男物には珍しく、すみれの花のワンポイント。
少し長い髪は綺麗に結い上げられ、白い首筋が表わになっていた。
まるで、間違って男物を着てきてしまったような錯覚に陥りながら、よく似合うと微笑んだ。
嬉しそうに頬を赤らめながら、お前もだと言われ、殊更優しく彼を見た。


神社の石段を登って行くと、出店がずらりと並んでいる場所に出る。
相変わらずの人込みで、離れるなよと手を出しかけた。
だが、恥ずかしくなり、出しかけた手を彼に見えないところで握り締めた。


手始めに、祭りの代名詞とも呼べる金魚すくいをする。
掬えないのをムキになってやるものだから、押さえながらやったというのに、袖が少し濡れていた。
難しい、と顔をしかめながらポイを動かす無邪気な横顔が、とても可愛らしい。
突然こちらを向き、笑うなと怒られた。
拗ねたような顔に可笑しくなって吹き出すと、軽い悪態をついて金魚に向き直る。


顔というか、彼に似合わず、だが彼の好きな綿菓子を買った。
金魚を持つのは俺の仕事。
結局一匹だけ掬うことが出来、親父さんがもう一匹入れてくれ、二匹の金魚を手に入れた。
帰ったら水槽に入れなきゃねと嬉しそう。
また水槽の中の仲間が増えたようだ。

綿菓子も買って、金魚も増えて、ご機嫌で歩いていたのだが、はぐれないようにとぴたりとひっつけていた身体は、突然離れていった。
前を見て、その理由もわかったのだが。

彼の茶髪の幼なじみと、黒髪の後輩を見つけたらしい。
白い頬を赤く染めて、十数p離れて歩く。
実際には彼らだけでなく、俺の幼なじみや他の同級生もいた。
少し淋しく思いながら、恥ずかしがり屋め、と笑う。


出店の列を抜けると、更に上に抜ける石段がある。
賽銭箱などがあるのがそこだ。
からんころんと下駄の音を響かせながら、まだ時間もあるのでゆっくりと登る。
足が痛いと言うこともなく、最上段に辿りついた。
やはり、人はいない。
勘が当たり、少し上機嫌な俺に、彼は笑った。

最上段の石段に腰掛け、日も落ちて、ぼやっとした闇の広がる眼下へと目をやる。
ざわめきが少し、遠く聞こえた。


また来年も…と、お互い言うことはなく、身体を預けてくる彼の熱を受け止めながら、何も言わず、幸せを感じる。
今の、この一瞬一瞬が、幸せならいいと、前に彼が言っていた。
今にも、泣きだしそうな顔で。

こうしていられるのも、後少し。
俺は不意に、彼にすみれのことを聞いた。
男物なのに珍しいだろ、と嬉しそうに言うが、何故すみれなのかと聞き返す。

少しの間。それから彼は、お前の瞳の色に似ているだろう?と、恥ずかしそうに言った。
少し上目に見られて、何も言えない。

言葉が出て来ず、その細身をぎゅっと抱き締めた。

背中に腕を回してくる。
思わず、言ってしまいそうになった。
彼に、絶対に言うなと言われたことを。

何時の間にか、花火が上がり始めた。

そっと身体を離し、二人で闇に咲く花を見上げる。
綺麗だ…と感嘆の声を漏らした。
腹に響く轟音も、煩いとは思わない。
むしろ、気持ちがいいと思った。

突然、彼が言った。

「……また来年も来ような」

ゆっくりと、目線を花火から彼に移す。
彼は淋しさを含んだ笑いを浮かべ、俺を見ていた。

肯定の言葉を唱え、先程彼らに貰った線香花火を取り出す。
やるか?と聞けば、こくこくと首を振った。

祭りに来た時に貰ったマッチを磨り、火をつける。
まだ大きな花火は上がっていた。

線香花火が、花火の中で一番好きだと、彼がうわごとのように呟く。
最後には、ぽとりと雫のように落ちてしまうというのに。

言ってしまいたい。
叫んでしまいたい。

線香花火が落ちるまでの間、学友達の話に花を咲かせた。
ぽとりと落ちた火種を見て、あ〜ぁと淋しそうに言う。

好きだ、ってことが、言えなかった。


帰り道は、ラストの花火が上がる中、人のいない裏道を通る。

しっかりと手を握って

彼の自宅まで後少し。
明日から彼はいない。

不意に、彼が足を止めた。
少し遅れて、振り返りながら立ち止まり、どうしたんだと問う。

鮮やかに栄えた緑の双眸には、目を奪われるような涙が溜まっていた。
帰りたくないと呟いて涙を流す。
微かに笑って言うものだから、後ろめたさなど感じる意味もないのに、心がズキリと痛んだ。
道の真ん中で、誰もいない道の真ん中で、俺たちは黙り込んでいた。
言葉が見つからない。
何を言えば、彼の気持ちが、自分自身の気持ちが楽になるかなど、わからなかった。

名前を呼べば、顔を上げて俺を見る。
触り心地の良い髪を撫でて、俺はそっと唇を合わせた。
軽く触れて、すぐに離す。

手をしっかりと掴み、嫌だと首を振るのも見ずに歩いた。
耐えられない。
俺だって、嫌だ。
だが…それで彼が、彼の命が助かるのなら、いいと思っていた。

家の前まで来た。
彼の足取りは重く、俺も同じく。

また会えるんだろう?と、心にもないことを言う。

「俺は……お前のいる所で死にたい…」


――どうせ死ぬなら


夜の、夏特有の涼しげな空気に、彼の声は溶けていく。
彼の願いは、彼の父が許さなかった。
跡取り息子を、易々と死なせてはいけないと必死だ。
彼は明日から、世界で一番と称される病院へと行く。
国が違う。
追い掛けるのは、無理だ。
このままどこかへ連れ去ってくれとも言いたげなその瞳に、俺は気負されそうになる。
だが、そんな何もわかっていないガキのようなことは出来ず、彼を無言で見返した。

助からないんだ

そう彼が呟いた言葉が、耳に届くまでは。





日に日に、彼の体力は衰え、食事も喉を通らなくなった。
あの神社の石段も、もう登れないかもな、と擦れた声で言う彼に、そんなことはないとも言えず、ただ髪を撫でる。
髪も以前のような艶はなく、ぱさぱさとした印象を与えた。
街では、彼の消息を血眼になって捜しているだろうか。

「イザは…俺の分まで、これからのこの世界を見てくれるんだろう……?」

ごめんね…と何度も呟く彼に、俺は言うなと何度も言った。

「イザ…ク……好き」

目に涙を浮かべて、俺の顔を見て、柔らかに微笑んでいる彼は、とても綺麗だった。
彼が好きだと言っていた、線香花火に似ていると感じたが、そんなことは間違っても口には出さない。

「俺も好きだ…アスラン、愛してる」

ゆっくりと唇を合わせて、何度も何度も角度を変える。
すると、彼の方から舌を差し出してきた。
緩く絡みとって軽く吸い上げると、ん…と小さく声を漏らす。
彼もたどたどしく俺に合わせて動かして――…

「アスラン…?」

お互いに、キスを堪能し、唇を離す。
だが、アスランは瞳を閉じたまま動かない。
柔らかな笑みを浮かべたまま、その頬には、涙を流して。


ッ……
アスラァアン!!!


俺の叫びは、誰もいない廃屋によく響いた。





空に消えてった
打ち上げ花火




ぽとりと落ちた
線香花火




今日は、君が好きだと言っていたすみれを買っていこうか。


金魚は面白いくらい元気に育ってるよ。



また……一緒に行くんだろう?花火は。



君が来るのを、あの公園で待ってるよ。





あの
すみれの浴衣の――…




END




後書き


突然切ない系が書きたくなりまして…
お気付きの方いらっしゃると思いますが、この話は夏祭りという歌を題材にしています。
機会があれば聴いてみてください。
いい歌です(感)

アスランの病気は先天性の何かです。
たぶん…(ぇ)
本当に突発だったので、よく設定も考えずに書いたので。

アンケートご協力ありがとうございました。


まな
05.09.06