こんなことになるならば、戦わなければよかった






撃たなければよかった






討たなければよかった








あれには、人が乗っていたのに






屍を越える


「ッい…ァ……おい!アスラン!!」

確かに血が流れ出ているのは頭部だが、何処を怪我しているのかもわからず、イザークはアスランの身体を揺さ振ることも出来ずに声を掛ける。
その声に応えるように、アスランの双眸が微かに開いた。
だが、いつもよりは荒く息をする唇が何か言うことはなく、ただ茫然とイザークを見つめている。
何故こんなことになっているのかもわからないかのように、茫然と。

アスランがいるのはコックピット。
迂闊に入れば、狭いそこから抜け出せなくなってしまうだろう。
イザークは手を伸ばし、早く出てこいと即すが、アスランは何もしない。
早く止血しなければいけないと焦るほどに、出血は酷かった。
ぼぉっとし、何も考えられないアスランの瞳に映るイザークの必死ささえも他人事。
どうした、と声を出そうと息を吸い込むと、同時に今までは感じなかった鉄錆の味がした。
むせ返る匂いがアスランを包む。
それに加え、言葉を上手く紡ぐことが出来ない。
口を開閉し、何かを言おうとするアスランに気付いたが、このままでは埒があかない。
怪我をしているアスランを抱えてコックピットを出ることが出来るかどうか、やはり不安だが、イザークは強行手段に出た。
コックピットに入り込み、座席の後ろに回ってベルトを外す。
困惑した様子のアスランを抱き上げて胸に納め、なるべく患部を動かさぬようにそこを出た。
その際に、肩を強打してしまったが、イザークは何も言わず、僅かに眉を潜めただけだった。
こういう時程、重力というものが欝陶しく感じる。
宇宙ならば、楽々と運ぶことが出来るのに。


赤に吸い込まれていく紅が美しい。


パイロット用の上り下り出来る簡易なエレベーターを使い、アスランをそっと地上に導いていく。
下には、何時の間に誰かが呼んだのか医療班が待っており、担架を構えていた。
アスランはぼぉっと、必死なイザークを見上げる。
懸命に声を掛けてきたり、下に向かって何か大声を張り上げたりと、何だか大変そうだな、と。
頬や首に付いた血は乾いていくのだが、それを許さないように新たな血がそれを拒む。

「ィ、ザ……ク…」

そろりとアスランの腕が持ち上がり、イザークのパイロットスーツに触れた。
何時もならばぎゅっと掴むそれも、今は申し訳程度に皺を寄せるだけ。
途切れ途切れにイザークの名を口にしたアスランの瞳から、すぅっと涙が落ちる。
その訳を、イザークはもといアスラン自身も知る由はなかった。
イザークの好きな闇色の髪に隠された患部を忌々しく思い、イザークはその涙を優しく拭う。
患部さえわかれば、布をあてるだのなんだの出来るというのに。
応急処置程度の知識しかないイザークには、むやみにアスランの身体を動かさないようにするしかなかった。

「アスラン…ッ!!」

担架にアスランを乗せ、イザークは血に濡れたパイロットスーツを、その首元を少しでも楽にしてやろうと、スーツのジッパーを手早く下ろす。
案の定中まで入り込み、アンダーまでもを濡らしていたそれに舌打ちし、医務室まで付き添った。

「輸血の準備を!」

担架のキャスターがガラガラと、たいして大きくもない筈の音が、厭に耳につく。
ベテランである艦専属医が、担架を押しながら記憶を掻き回した後のように呟いた。

「アスラン・ザラ…O型か」

その声に、比較的年若い医師が声を張り上げる。

「艦内でO型の奴を集めろ!」

近くにいた女性看護士が返事をするよりも早く、その会話を聞き流すだけだったイザークが叫んだ。
裏返ったようなハイトーンは切羽詰まり、イザークがアスランを本気で心配していることを示唆している。

「ッ…俺の血を使って下さい!!」

年配医師の一瞬の躊躇は、こくりと首を振ったイザークに掻き消され、すぐに採血の用意を、と言う医師の言葉に、周りのスタッフは承諾の意を示した。
アスランの乗る担架を追い越し、イザークは走る。
採血の準備をする為に、急ぐのだ。
虚ろにイザークを見上げるアスランに後ろ髪を引かれながら、イザークは看護士の後に続いて医務室に入った。





アスランの傷は跡に残るようなものではなく、輸血の甲斐もあってか回復の兆しを見せていた。
イザークはベッド脇に椅子を用意して座り込み、蒼白から少し赤みを帯びてきたアスランの顔をじっと眺めている。
力なく投げ出された手を取り、ぎゅっと握り締める様は、周りから見ていて微笑ましい。
だが、それを口にする者はいなかった。
イザークのあまりの真剣さから、医務室内の空気は口をつむぐようにと言っている。

「アスラン…」

「ぅ……ッ…?」

そのイザークが、握り締めた掌に僅かに力を込めた時、アスランが微かに身じろいだ。
またアスランの名前を呼び、イザークは身体の緊張を解く。ゆるゆると開かれていく翡翠が、揺れていた。

「……イザ、ク…?どうし…ッ」

まだ事態が呑み込めない様子のアスランは、イザークの姿を認め、起き上がろうとする。
だがそれは叶わず、ぼすっと軽い音をたてて身体は倒れ、藍色の髪が散らばった。
それに驚いたのはイザークだ。
起き上がろうとし、またもベッドへと沈んでしまったアスランの瞳を睨み付け、イザークは乱暴にシーツを掛け直す。

「ッまだ寝ていろ!怪我人が!!」

まだ部屋に残っていた医療スタッフ達の心は一つになった。不器用なんだから…と。
アスランは訝しむようにイザークを見上げ、怪我人…?と言葉を繰り返して違和感のある自分の頭部に触れた。
きっちりと巻かれている包帯を確認し、説明を求めるようにイザークを見る。
イザークは思わず溜め息をついた。
あんなに心配していた自分が馬鹿らしい。

「貴様、覚えていないな?」

「…何を」

イザークとアスランはその日、二人で特別任務を受けていた。
任務と言っても、今はザフト領だが、以前は地球軍に支配されていた土地の復興と、現在の状況の確認。
後者の方が本命だが、どちらにしても簡単な任務だと、二人とも思っていた。

戦艦に乗り込んでカーペンタリアを後にし、近くになればそれぞれMSに乗り現地に向かう。
戦闘もなくその場所につき、ザフトが軍を置いている場所に着地する…筈だった。
イザークとアスランがMSでそこに向かっている途中、突然地球軍所有のスカイグラスパー数機に囲まれたのだ。
いきなりのことだったが二人は焦らず冷静に対処し、一発も弾を受ける事無く全てを落とした。

「何なんだったんだあいつらは!」

「俺だってわからないさ!…とりあえずザフトと合流しよう」

奇襲に苛つくイザークだが、それはアスランも同じ。
何だかんだと予想をたてながら言い合うが、納得できる答えは出なかった。

やっと到着した現地。
だが、仲間である筈のザフトから二人が受けた扱いは、酷いものだった。
言わばクルーゼからの偵察である二人を、快く思う者は当然いない。

「何なんだここは!」

ガンッと鋭い音がし、蹴られたロッカーがへこむ。

「……貴様が苛つくとは珍しいな。何かあったか?」

いつもならばイザークの役柄であるそれ。
アスランがしたその行為を見て、イザークは妙に落ち着いていた。
パイロットスーツのまま、着替えるのも疎ましい。
そのまま調査に行こうとした矢先、アスランが切れたのだ。
今は、イザークに背を向け、縋るようにロッカーの縁を掴んでいるが。

「…あのスカイグラスパー………人が乗っていた」

絞りだしたような細い声。
明らかに勝てる訳もない戦闘を挑んできた同胞を思い出し、イザークは苦虫を潰す。
備え付けの椅子に下ろしていた腰を上げ、イザークはアスランの両手に自分のそれを被せた。
後ろから覆い被せられているような格好に、ぴくんとアスランの身体が震える。

「…………あぁ、そうだな」

形の良い耳朶に吹き込むように低音で囁けば、アスランはロッカーを掴む指に更に力を籠めた。
イザークが、僅かに見える首元に唇を押しつければ、やっと抗議の声を上げる。

「イザーク…!やめ…ッ、人が…」

だがイザークが止める筈もなく、軽く音をたてて首元から顎、顎から頬、そして唇へと自分のそれを移していった。
逃げるアスランの顎を掴み、苦しい態勢のまま口づける。

「ん……っ、ふ…ぁ…」

くちゅ、と軽く舌を絡ませてイザークは離れ、また耳元で囁いた。

「考えるな…アスラン……。俺は貴様の前からいなくなったりしない」

アスランの腹部に両手を回し、離さないと言いたげに抱き留める。
最後の方はきっぱりと言い放ったイザークに、涙が出そうになった。
だが、アスランは高ぶった感情を抑えられない。

「ッ……何を考えるなって言うんだ!何を…ッ、何を…!!」

ぱさぱさと髪を振り乱し、泣きそうな声で叫ぶアスランを、イザークは更に力を籠めて抱き締めた。
何を…と繰り返すアスランが、答えを求めていたのかはわからない。
イザークには、互いを傷つけてしまうような言葉を投げるしかなった。

「落ち着け!アスラン!貴様は人殺しじゃない!!」

人殺しという言葉に、アスランの動きがぴたりと止まる。

「ッ………」

「俺たちは…人殺しじゃない…!!」

自分にも言い聞かせているようなイザークの悲痛な声に、アスランは罪悪感を覚えた。
イザークを、傷つけてしまった。

「イザーク……ッ…ごめん…」

案の定イザークは謝るなと言う。
それでもアスランは、謝らずにはいられなかった。

他人事のように力を貸してくはれないザフトの簡易基地から出て、二人は黙々と現地の様子を書き出していた。
冷静な目でもって公正にレポートを書かなければいけないのだとはわかっていたが、多少の嫌味も書きたくなる。
それぞれ少しづつ織り交ぜていきながら、クルーゼならばわかるであろうと予想をつけた。

鬱蒼と広がる木々。
一般的に森と呼ぶそこを、MSを降りて調査に入る。
移動はMS、調査は自らの足でということだ。
この後は市街地に行かなければならない。

「……暗いな」

アスランが、ふっと洩らした。
太陽は出ているというのに、木々に阻まれ光は入ってこない。
足元は苔で覆われ、時間帯によっては日が当たるのであろう場所には、草が生えていた。
動物達の気配はあるものの、表だって二人の前に現れるものはいない。

「…そうだな」

周りに充分に気を張りながら、イザークは手元の時計を見た。
緯度経度からして、先程戦闘を行なったのはこの先の海。
ならば、この辺りに対ザフトの奴らがいてもおかしくない。
何も言わず、簡単な地図の入ったディスクだけを渡してきたザフト兵を思い出して舌打ちし、イザークはアスランの手を掴んだ。

「この辺りに、レジスタンスがいるかもしれん。気を付けろよ」

「……っ…わかった」

戸惑いを含んだ承諾に、イザークの眉が跳ね上がる。
視線を逸らし、イザークと目を合わせようとしないアスランに、イザークは苛立った。
襲ってきたのなら、また殺さなければいけない。

「いつまでそんな顔をしているつもりだ」

掴んだ手に力を籠め、イザークはアスランを睨む。
鋭い眼光に射竦められ、何かを吹っ切るようにアスランは声を絞った。

「わかってる…っ」

ガサリと、背後の草木が揺れる。

「アスラン!!」

気付いたイザークが、アスランの腕を引き、そこから引き離そうとする。

「よくも…!!仲間をぉおお!!」

ザフトであれば、無差別なのであろう色を宿した獰猛な瞳が、風を切る音をたて手に握ったものを振り下ろす。
避けきれなかったアスランの後頭部にそれは勢い良く当てられ、細身が崩れた。
それを確認するよりも早くイザークはナイフを抜く。
倒れてきたアスランの身体を抱き留めたまま一気に踏み込んだ。

「ひ…!!」

喉元を抉られ、大きく敵の身体がしなる。
凄まじい量の血が吹き出し、イザークの銀髪を赤く染めた。
生温かいそれが付着し、べっとりと汚れたナイフから手を離し、素早く銃を構える。
倒れきらない敵の心臓めがけ、イザークは狙いを定めてトリガーを引き、弾丸を吐き出させた。
頭部を狙いたかったのだが、如何せん敵が背を反らせている為にそれは叶わなかったのだ。

「アスラン!!」

もはや殺った敵に興味はなく、イザークは腕の中に納まっているアスランを見る。
先程の銃声を聞いた他の奴らがここに近づいてくる前に、森から抜けなければいけない。
アスランの首筋は、血で真っ赤に染まっていた。

「痛ぅ…ッ、…イザ……血…?」

状況が呑み込めていないのだろう。
アスランはイザークの銀髪に手を伸ばし、不思議そうに見やった。
血がこびりつき、赤黒いそれはアスランのお気に召さなかったらしい。

「引っ張るな!Gまで戻るぞ!」

「ぇ…どうし…て…」

「っ…いいから黙ってろ!!」

がむしゃらに、イザークはアスランを抱えたまま森を駆け抜けた。
背に背負ってもよかったのだが、それでは遠くからの狙撃からアスランを守り切れない。
幸い、そこまで遠くに来ていなかった為に、すぐにMSまで辿り着くことが出来た。
周りから敵が現れることはなく、イザークは少し気を抜きつつイージスに乗り込む。
頭部を刺激しないようにシートにアスランを座らせ、腕を目一杯伸ばしてベルトをつけさせた。
ぐったりとシートに沈み込むアスランに焦りつつ、プログラムを弄り、オートで艦まで戻るように設定する。
その作業を終え、イザークはコックピットから抜け、ハッチを閉めた。
怖くて、アスランを見ることが出来ない。


助かる。


そう信じ、イザークはデュエルへと移った。
イージスが飛び立ったのを確認し、その後を追う。
戦闘があるのではないかと危惧していたのだが、それはなく、イザークは海に潜っている母艦に連絡を取った。





「大丈夫か?」

優しく、イザークはアスランの髪を梳く。
ぽろぽろと翡翠から流れる涙を拭いながら。

「イザーク…ッ、ごめん…ごめん……」

「…泣くな、謝るな」

イザークが手を下した敵は、びしょぬれの地球軍のパイロットスーツを身に纏い、かなりの重傷を負っていた。

つまり――…




END




後書き


つまり――…
のあとは、皆様にお任せします。
伝えたいものが伝わればな…と。
どうしても気になる方は、まなの考えるつまりの後を教えて差し上げます。
ですが、必ずしもそれだけとは…限りませんよね(笑)

始めのうち、書きたかったのは輸血ものなんです(何っ)
明らかにその後が本題っぽいですが…輸血なんです!!


まな
05.11.28