心をめくって


アスランはニコルの墓標の前で、偶然にもイザークとディアッカの二人に再会した。
忙しい間にも、必ず行こうと決めていたのは三人に共通の想い。
ニコルの姿が現実の世界から消えて二年になり、その間にも戦争があった。

それでもまだ、生きている。君のおかげで、俺は。

墓標の前で彼のピアノを聴きながら目を伏せていたアスランは、その曲が終わるとゆっくりと目蓋を押し上げた。
イザークは難しい顔をして腕を組みじっと一点を見つめ、ディアッカはポケットに片手を突っ込みふぅと息を吐いている。
しゃがみ込んでオーディオを止めたアスランが、それを持って立ち上がった。
物憂げな表情でニコルの名前を見つめる彼を一瞥して、イザークは断ち切るように墓標に背を向ける。

「………帰るぞ、来い」

ボソッと呟かれた言葉が向けられたのはアスランへなのか、ディアッカなのか。
それともその両方なのかはわからないが、両人共それに従うようにイザークの方へと顔を向けた。
最後に揃って敬礼をし、三人は墓地から市街へと戻ろうとする。
イザークとディアッカは、ディアッカの運転する車で来たが、二人共その車の他に乗り物の類のものを見ていなかった。
不審に思ったイザークが不意に、後ろを歩くアスランに声を掛ける。

「どうやって来たんだ?」

少し視線を伏せて歩いていたアスランはそれを上げ、車の傍に辿り着いた三人は足を止めた。
チャラ、と音を立てて鍵を取り出したディアッカがボタンを押して鍵を開き扉を開ける。
扉と天井に手を置いたままアスランの方に視線を向けた彼と、同じように身体を向けたイザークの視線にようやく、アスランは口を開いた。

「歩いて…だが?」

「…は……?」

間抜けな声を出したのはディアッカだが、イザークも負けず劣らず驚いたような表情を浮かべている。
何なんだと呟いて眉を寄せたアスランに掴み掛かるように、イザークは身を乗り出した。

「馬鹿か貴様は!!」

「な……」

思いっきり罵倒され、眉間に深く皺が刻まれる。
イザークとは対照的に一歩身を退き、一文字だけ言葉を発した。
そんな様子に大袈裟に息を吐いて舌打ちし、髪をガシガシと乱す。
それは指先を擦り抜けて流れ落ち、乱したというのに手をのければ髪に乱れはなかったが。
やれやれと言った風に肩を竦め息をついたディアッカが運転席に乗り込む。
後はイザークに任せておけば、アスランはこの車に乗ってくるだろうという判断だが、自分が傍にいるのも邪魔なのだろうと自覚していた。
ハンドルに手を重ねるように置き、ディアッカは窓越しに二人を見ていた。

「…帰りも歩くつもりだったのか」

問い掛けとも呟きとも取れない呆れたような響きの言葉に頷き返す。
髪から手を離して緩い舌打ちと共に口を開いたイザークが、がしりとアスランの腕を掴んだ。
突然手首の辺りに感じた体温に声を上げようとする間もなく、身体を引かれる。

「何なんだ!」

「仕方がないから送ってやると言っているんだ!黙ってろ!」

手を振りほどこうと腕を振り掛けたアスランを睨み、イザークは掴む手に力を籠めた。
痛みを感じることはなかったが、どこか誤魔化すように眉を寄せて、アスランは顔を背け糸を切るように視線を逸らせる。
そしてぼそりと、小さく呟いた。

「……そんなこと一言も言っていなかったじゃないか」

「何か言ったか」

間髪容れずに言い返してくるイザークの鋭い眼光に緩く首を振り息を吐く。
その様子にふん、と鼻息を荒く鳴らして、ようやく手を解放した。
そんなイザークに、先に乗れと言わんばかりの視線を向けられ、アスランは後部座席の扉を開けて助手席の後ろの席へと身体を滑り込ませる。
足元にオーディオを置き、シートに背を預けて軽く息を吐き出し目蓋を伏せれば、運転席から鏡越しに視線を寄越すディアッカが軽く笑った。
ガチャリと、再び扉の開く音が同時に重なる。
助手席の扉だろうとアスランは思った。

「変わってないよな、お前ら」

「「…大きなお世話だ」」

ディアッカの言葉に返す声は二つ。
隣からした自分のものではない声に、アスランは瞳を見開いてそちらを見る。
憮然とした表情で、イザークが隣に座っていた。

「何で隣に…」

信じがたいものを見るような目を向けて言うアスランに、イザークは不機嫌そうに眉を寄せる。
悠然と足と腕を組み背もたれに身体を預け、視線だけをアスランに向けた。
その口が言葉を放つよりも早く、車は緩やかに動き始める。
無数に並ぶ墓石を背にして、風景は滑るように流れていった。

「どこに座ろうと俺の勝手だ」

明らかに不快そうな言い方に、嫌ならば前に座ればよかったじゃないかと一人心の中でアスランは愚痴る。




速さが増し、一定となった車。
以前乗った時にはオープンカーだったそれは、今回はちゃんと天井が張られていた。
その中から、行き道歩いていた景色を眺められる。
佇むようにじっと窓の外を見つめていたアスランの手に、何かが触れた。
温かい熱を持つそれが、包むように手を握り込む。
イザークがそうしたのだと気付くのに、しばしの時間を要した。
だが、二人の表情は変わらない。
相変わらずアスランは横滑りの風景を見続け、イザークは足を組むのもやめて同じように逆の窓の外を見ていた。
つまらなそうな表情を浮かべたまま、する…と手の位置を変え指を絡める。
続く沈黙に居心地の悪さを感じたらしいディアッカが、備え付けのラジオを点けた。

『‥に紹介する曲は…―――…‥』

比較的ゆっくりめの伴奏が、言葉の後に車内へと流れ始める。
アスランの指がそっと、イザークの手を握り返した。
それを受けて、手にゆるゆると力が籠もっていく。
何のために熱を分け合っているのかもわからないが、痛いほどに握り締められても嫌ではなかった。
心の痛みが減ることはなかったが、薄れているような気がする。

「……素直なんだか違うんだか」

鏡に映っているため、手を繋いでいる様をばっちりと目撃しているディアッカの呟きは空に散っていった。
ちらりともう一度見やった鏡越しにイザークと目が合い、頬を汗が流れていく。
だが、本人は発見されていることに気付いているのかいないのか、全く気に止めた様子はない。
そして不意に、その唇が動いた。
不機嫌この上ない、といった表情で。

「…何故貴様がこいつのアドレスを知っている」

自尊心の高いイザークが聞くには、相当の苦悶を要したのだろう。
言った側から目を逸らせてディアッカの返答を待っている。
自分の名前が含まれていたことに反応したアスランが、窓からイザークへと顔を向けた。
思わずクスリと笑ってしまう。

「別に俺が知っててもおかしくないんじゃない?それに…携帯の方じゃなくてパソだし」

皮肉げに言いながらも、ちゃっかりとフォローを入れることは忘れなかった。
握り合う手に、一方的に負荷が掛かる。
ぐっと言葉に詰まったイザークだが、それ以上の追求はしなかった。
感じた鋭い痛みに眉を寄せたアスランからの視線にようやく、籠めた力を少し緩める。
そうなればまた、アスランは何でもないように外界の景色に瞳を向けた。

「…イザーク」

「何だ」

ぼそ、と呟かれた名前の主は、苛々とした雰囲気のまま言葉を返す。

『――君を連れ去る時の訪れと』

「雨だ」

『物憂げな空、迷い込む世界は未知数』

アスランの声に、イザークはそちらへと顔を向ける。
指先を硝子に這わせてじっと空を見つめる蒼髪に惹かれるように身体を寄せ、乗り出すように顔を並べて外を見た。
近くに感じた熱に、ぴく、とアスランの肩が揺れる。

『手を繋いだら、二度と離れない』

それに気付いたイザークが、ふっと軽く笑って空いている片腕で抱き締めた。
おとなしく納まる身体が、熱を持つ。
微かに赤みの射した頬に唇を押しつければ、アスランは嗜めるように睨み付けてきた。
射し込んできていた光を雲は徐々に遮り、陰欝な影を残していく。

『そんな出会いがいい…願ってしまうよ――…‥』

「…離せ」

鏡越しにも見て取れる二人の状態に、ディアッカが軽く息を吐く。
それを感じたアスランからの言葉に、イザークは楽しげな笑みを浮かべた。
窓にひっつくようにして寄せていた身体を少し引き、そこから引き剥がすようにぐっと肩を引き寄せる。
繋いだアスランの手は汗ばんでいた。
イザークの胸元へ倒れこむような形になってしまい、ぴたりと全ての動きが止まる。

「嫌だ」

くつりと意地悪げに笑ったイザークにはっとしたように顔を上げ、アスランは再びその藍眼を睨んだ。
だが、それはすぐに逸らされる。
睨んだ先にあった双眸に映るアスランが、あまりにも愛しげにイザークから見つめられていた。
繋ぐ指先に、細やかな力が籠められる。
そう思った途端背中へと回された手に、イザークは目を細めた。
繋ぎ留めるように腕に力が入り、手は服を掴む。

「…どうした」

肩に置いていた手をするりと背に滑らせて、更に熱を密着させた。
身体を捻るような感じで、半端に辛い態勢での包容は嫌だったが、不自然くらいがちょうどいい。
質問に答えないまま黙るアスランに、少し息を吐いた。
ごほんとわざとらしく咳をしたディアッカをイザークが緩く睨めば、誤魔化すように目を鏡からずらし前を見る。
その様子に鼻を鳴らしたイザークから、アスランはそっと身体を離した。

「すまない…少し、気鬱になっていただけだ」

ありがとうと呟くその唇に、吸い付くような口付けを贈る。
頬を緩めてイザークが髪を梳けば、アスランの頬に再度朱が走った。



二人にしかわからない世界が展開されていく中、きっちり時間通りに始まった『雨』は、まだ音を立てるのを止めようとしなかった。




END




後書き


ついにこの電気工事屋が、五万Hitを越えることが出来ました。
皆様に支えられ続けて10ヵ月と少しという中でこのような…(感)
勿体ない軌跡ですが、訪れて下さった皆様の軌跡でもあるんです。
大切にしていきたいと思います。

話の中に出てきた歌は実在します。
ご存知の方も多いのではないかと思うのですが…どうでしょうか?

皆様、本当にありがとうございました。
そして、おこがましいようですがこれからもよろしくお願い致します(深礼)


まな
06.07.09


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