埋まるスケジュール 「……イザーク…俺、もう…」 「…もう少し我慢しろ」 「‥…無理、だ…」 自分で乾かすのが面倒だからと甘えるように擦り寄ってきてちゃっかりドライヤーを持たせやがったこいつ。 熱を吐き出す機械と俺の手が持つブラシに髪を弄くり回されているくせに、何故寝れる。 ベッドに腰掛けた奴の髪を乾かしていたものだから、シーツの上は青い髪が抜けて散らばっていた。 それを綺麗にしてからにしてほしいというのに、奴は俺の身体に徐々に重ってくる。 「おい…いい加減に…」 「…イザーク…愛してるよ」 「っ…」 まぁいいか。なんて思ってしまうだろうが。 ドライヤーもブラシも投げ出して、意識はすでに落ちているアスランの身体を抱き上げる。 言い逃げとは卑怯な奴だ。 ちゃんとベッドに寝かせてやって、俺もその隣に潜り込む。 しっかりとその身体を腕に捕らえて額に口付けを落とした。 「……この馬鹿アスラン。俺だって貴様を愛している」 結局、捕らえられて離れられないのはお互いなのだ。 「………」 唐突に目が覚め、間近から聞こえてくるスースーという寝息に気付く。 薄く開けていた目をちゃんと開き視線を移せば、普段の表情とは違いあどけない寝顔が見えた。 そっと手を伸ばし頬に掛かる銀髪を払ってやると、小さく身じろいで擦り寄ってくる様が可愛いと思う。 背中に回されている腕はまるで離さないと言うように力強く、寝ているくせに解けなかった。 解くつもりもさらさらなく、大人しく腕に頭を預けて再び目を閉じる。 起きれば腕が痺れただの先に寝やがってだの文句を言われるに違いないだろうが、寝顔に免じてやろう。 「…だが、遅刻しても俺は知らないからな」 先ほど目に入ってきた時計が示す時刻は六時だった。 ディアッカが電話を掛けてくるかもしれない。 その時に慌てふためくこいつの様が鮮明に思い描かれて、心の中で笑ってやった。 今はまだ、後少し、俺だけのお前でいろ。 見ていた夢を豹変させるような音が、徐々に大きくなってくる。 引きずられるようにして意識を浮上させた俺は、その音の正体に気付きがばりと起き上がった。 途端、ぴたりとくっついていた熱が無くなったせいで漏らされる不満の声を聞き留めそちらに視線を落とす。 不快と言いたげに眉をきつく寄せたアスランが、目蓋を上げたところだった。 まだ鳴っている電話の存在を思い出して時計を見ればありえない時間で。 「な…っ!八時だと…!?」 いつもこいつが六時に起こしてくれるから、こんな時間に起きるのは久しぶりだった。 今日は七時半からディアッカと話をしなければいけなかったというのに何故こういう日に限って貴様は寝坊をするんだこんちくしょうと内心毒づきながらベッドを下りる。 ばたばたとリビングに出て受話器を握ると、聞こえてきた声はやはりディアッカだった。 「どうしたんだよイザーク。寝坊?」 「うるさい!すぐに行くから待っていろ!!」 それだけ怒鳴って受話器を乱暴に戻したところへ、寝室から出たアスランがぺたぺたと近寄ってくる。 沸き上がってくる怒りは不本意なものだとわかっていても、止められなかった。 「貴様!何故起こさなかった!」 開口一番そう言われてしまい、返す音もなく俺は押し黙った。 物凄く怒っている。 あまりにもその度合いが強いものだから、俺まで苛々してきた。 何故俺が怒鳴られなければならないんだ。 元はと言えば自分で起きないこいつが悪いんじゃないのかおい。 俺は目覚まし時計じゃないんだぞ。それに。 「…お前と…‥少しでも一緒にいたかった…からだ」 どうだわかったかと言わんばかりに顔を背けてやれば、視界の端で奴が動いた気がした。 何だかすごく悔しくなって、そのまま背を向けて寝室に戻ろうと足を動かす。 今日俺はデスクワークだけだったし洗濯物も昨日の夜洗って干したから溜まっていないし掃除機だって昨日かけたから今日は別にしなくていい。 だからこのまま昼まで寝てやろうと思って、寝室に戻った。 それに、苛々しているイザークは嫌だったから、あまり関わりたくない。 俺まで苛々するし。 何となく…嫌われているんじゃないかと思うから余計に、嫌だった。 俺よりも語録が少なく不器用で口下手な彼奴が、今何と言った。 前髪で見えない顔を、自分でもまぬけと思えるほど呆然と見つめる。 だがアスランは、そのまま俺に背を向けて寝室に入っていってしまった。 ぱたん、と立つ音に馬鹿にされたような気がして、急ぎその後を追う。 扉を開けた時そいつは、ちょうどベッドに潜っている最中だった。 「……何だよ。早く行けばいいだろ」 泣きそうな顔をして俺から目を逸らし、そんな可愛くないことを言う。 少し頭にきたが、何も言わずにそのまま近付いた。 微かに身をすくませて見上げてくる頬に手を伸ばす。 触れた途端揺れた瞳のそばに唇を寄せて、俺は間近で見つめた。 「…すまなかった。最近、あまりかまってやれていなかったな」 朝から晩まで任務任務任務任務任務で、夜は帰宅するとすぐに夕飯とシャワーを済ませて眠っていた。 そんな生活を、この一ヶ月ほどずっと続けている。 昨夜甘えてきたのもそのせいだったのかと今更思っていたりする俺は、けっこうアスランのことも言えなかったりするのだなと思った。 図星を突かれてしまい、返す言葉がない。 ものすごく近くある青い瞳と目が合わせられず、目を少し伏せると口付けられた。 なだめるようなそれがまた悔しい。 本当は、いつだって一緒に居たいと思っていた。 一人の時間も大事だが、それが多すぎると反って辛いと感じるのはただの我が儘だろうか。 「…ん‥」 小さく啄まれた唇に甘く走る痺れを感じたのは久しぶりで、どうにも出来ない想いが駆け巡る。 行かないでほしい。 「……イザーク…」 「…何だ」 視線は合わせないまま、イザークの身体に腕を回し抱きついた。 自然更に近寄る肩に顔を埋めてじっとしていたら、髪を撫でてくるのはこいつの癖。 それが気持ち良くて、目を閉じた。 こういう時間が、たまらなく愛おしい。 「今日は、行くな」 「………………わかった」 吐息を混じらせながら返された言葉に驚きばっと顔を上げる。 意地の悪い笑みを見付けてしまい、少し息が詰まってしまった。 だが、微笑みに変えたイザークにきつく抱き締められてしまえばその息はすぐに解される。 本当はずっと、こうしていたいんだ。 驚いた顔を見せたこいつに愛しさが募る。 滅多に我が儘を言わない奴がそれを言うほどに無理をさせていたのかという、罪悪感に襲われた。 腕の中に大人しく納まる身体から離れようとすると、抵抗もなくすんなりと、俺はベッドから上体を起こすことに成功する。 そのことに内心拍子抜けしながらアスランを見下ろした。 「…アスラン?」 「…連絡、してくるんだろう?早くしろ。一緒に寝たいんだ」 文句を言うような声の低さは、絶対に照れ隠しだ。 そう確信しながら、俺は相槌を打って携帯を取り出す。 ディアッカに向けて簡単かつ簡潔なメールを送り、電源を切ってベッドサイドへと置いた。 何と返事が来ようと知ったものか。 本当は電話をしてやろうと思っていたのだが、アスランにああ強請られてはどうしようもない。 ごそごそと隣に潜り込み、再び向かい合って抱き締め合う。 互いに何も言わず目を閉じると、昨夜俺が乾かしたアスランの髪の匂いだけが鼻孔を擽り、感覚を支配していった。 END |
後書き 日記にて連載させていただいたイザアスです。 あまーい話が書きたいと思って書かせていただいたのですが、甘すぎました(笑) 読み易さを重視するために、1Pごとの長さは短くなっています。すみません(礼) そろそろ鬼畜に走りたくなってくる時期です。 まな 06.11.15〜06.11.22 |