隙間風


食事を終えて、珍しく彼奴が先にシャワーを浴びたかと思えば、何だこれは。
ご丁寧に髪までちゃんと乾かして、後は寝るだけという準備万端な状態だ。
そして私室にこもって機械弄りか。
見せ付けるかのように部屋の扉を少し開けて、こちらに背を向けている。
真剣にやっている様が無性に腹立たしくて、放っておくことにした。
うるさいテレビを消したリビングのソファに座り、読み掛けていた本を広げる。
未だ生乾きの髪からぽたりと手の上に雫が落ち、それにすら苛立ちを感じた。
肩に掛けていたタオルでそれを拭い、びっしりと並ぶ小さい文字を目で追う。

しばらくそうしていたつもりで顔を上げるが、壁に掛かっている時計は先程からあまり時間が経っていないのを示していた。
それも当たり前か。
まだ二、三ページほどしか進んでいない。
どうも集中して読めず本を閉じ、机の上に置いた。
ソファの上に片足を上げてそれにもたれ掛かりながら、アスランの部屋の方を見る。
変わらない背中が、扉の隙間からちらりと覗いていた。


少しの間見つめていたが、面白みの欠片もないのでやめた。
ソファから下りて部屋の前を通り過ぎ、そのまま洗面所へ向かう。
鏡の前に立つと、いつもに増して眼光の鋭い俺が写った。
並んだ歯ブラシの中から自分のものを取り出して、その先に歯磨き粉を付ける。
それを口に含んでしゃこしゃこと歯を磨きながら己の顔を見つめても、楽しくなどない。
ただ、きつい吊り目の野郎が睨み返してくるだけだ。
吸い込まれるような碧を見たくなってくる。
そこそこに大きく長い睫毛に縁取られた、あの愁いを帯びた碧を。
基本的に俺は、そんな印象を自分の目にもたない。
鋭く鈍く光る青の瞳はどこまでも、澄んで輝きを持っていたが。
母のそれは綺麗だと感じると言うのに、何故唇に白い泡を微かに付けながら歯を磨いている姿は滑稽なのか。
それはきっと、俺が今、あの背中に嫉妬しているからだろう。
元より、己を綺麗だなどと褒めるようなナルシストとか言う輩とは違うが、彼奴があまりにも褒めるものだから、そうなのだろうかと過信してしまう。

「…相当な阿呆だな。俺も貴様も」

言った途端に、歯磨き粉が口から溢れかけて焦りを覚えた。
そのまま流しへと口の中身を吐き出して、蛇口に歯ブラシをかざす。
自動で水が流れ始め、その先を綺麗に洗い流していった。
それを指先で弄り手伝いながら、じっと見下ろす。
もういいかと思った頃に、歯ブラシを軽く振って水を切り、元の場所に戻した。
ぷつんと止まった水の流れを呼び戻すように、蛇口の下に手を入れる。
両手を揃えて椀状にし、そこに水を溜めて口に含んだ。
口腔の中に残る泡を全て流す。
唇についたそれも綺麗にして顔を上げると、手の甲で濡れた口元を拭いその場を後にした。
そしてまた、開いた扉の隙間から背中を覗く。
むかむかと胸を燻らせる衝動に耐え切れず、俺は部屋の中へと押し入った。
その音で気付いたらしいアスランがこちらを振り向くよりも早く、後ろから抱き締める。
驚いたような声を上げたそいつの耳元に唇を寄せ、目一杯低くした声で囁いてやった。

「かまえ」

その途端に息を吐く音が聞こえ、次いで頭に腕が回される。
ぽんぽんとなだめるような動きをみせる手に、ガキをあやしているような雰囲気を感じて腹が立った。




END




後書き


日記連載もの第二弾です!
前回とは違い、ミルクに蜂蜜を垂らした程度な感じで仕上げてみました。
前のものはアスランがイザークに甘えていたので、今回は逆です。

イザークさんが建てた家なら、洗面所の水は自動で流れるんじゃないかとか思ったのですが…変でしたでしょうか…?

まな
06.11.24〜06.11.28