昨日の未来は 俺はオーブで、彼奴はプラントでそれぞれの生活を送っていた。前に会ったのは十二月、次に会うのは四月の末の予定だ。日頃は、メールを送り合って互いの情報を交換し、おはようとかおやすみとか、少し変だなと思いながらもお帰りとただいまを言い合っている。普通に回線を繋ぎ、顔を見ながら話をしてもいいのだが、時間がかかるし、何よりも会いたくなってしまうからメールにしようという結論に落ち着いた。おかげで任務中も携帯は手放せない。常にポケットの中に入っているそれに、歩く度、座る度に違和感を覚えたのも随分前のことだ。今では、そこに在るのが当然のように、それはポケットから出し入れされている。 そんな俺は、今日、バレンタインという日を迎えた。別に俺だけじゃない、もちろん全宇宙の人々がこの日を迎えたのだが、俺はどうにも、このオーブの中でのバレンタインの、浮かれた雰囲気に馴染めずにいた。 朝から軍部の女性達がフロアをバタバタと走り回り、男性達もどこかそわそわとしていて気もそぞろだ。朝、いつものようにきっちりと軍服を纏いモルゲンレーテに出勤した時、その違和感に眩暈を覚えたことは誰にも言えなかった。官邸からわざわざ出向いて来たらしいカガリまでもが、不特定多数の男性達に配る内の一つであろう綺麗にラッピングされた包みを、当然のように笑顔で渡してきた時はどうしようかと思ったが、女性から差し出されたものを受け取らず、その女性に恥をかかせてはいけないと教わったことを思い出し、ありがとうと言いつつ自分としては上手く、穏やかに笑って受け取った。それがいけなかったのだろうか。そんなカガリと俺の様子を見ていた他の女性達が、カガリが立ち去った後でどっと押し寄せて来たのだ。 俗に言う義理チョコなのだろう小さなものを渡してくる女性から、好きですと顔を真っ赤にして箱を渡し、立ち去ってしまう女性もいる。一瞬にして両腕で抱え持つ形になってしまったチョコと、自分のパソコンを仕舞っている鞄を指先に引っ掛けたまま、モルゲンレーテ内に割り当てられた部署の、その一角へと入った。 終戦当初、人手不足だと言われ手伝わされていた書類系の任務も、今では当たり前のように回ってくる。デスクの上に我が物顔で鎮座している書類達を見て吐息を吐きながら、俺はその脇にもらった包み達を置き、椅子に座った。隣の席はキラだが、この時間に来ているのを見たことはない。 とは言っても今はまだ九時前という時間なので、俺もキラも居ない方が普通なのだが、俺は何となくいつも早く来ていた。末端のオペレーター達では解決出来ない事項が起こった際に、何とかしてやらなければいけない立場にいるのが俺達なのであり、通常の出勤時間に出て来て任務を熟し始めたところで、定時の時間ぴったりに帰れたことなど一度もない。とりあえずデスクの右の方に書類を、左端の方にバレンタインの包みを追いやり、狭いと言えるが出来た場所にパソコンを置いた。コンパクトなサイズのキーボードの上部から、カシャンと音を立ててスクリーンが姿を現す。勝手に自分で改良を重ねたそれはお気に入りだ。電源をオンにしオーブ軍の中枢へログインすることで出勤を知らせながら、少し背もたれに身体をもたれさせながら息を吐き出した。甘いものは嫌いなわけではないが、さすがにこの量は食べ切れない。後でキラに押し付けようと思いながら、書類に手を伸ばしカタカタとキーボードを叩いていた。 キラが来たのは、いつも通り十時を過ぎてからだった。早いね、何て言いながら隣に座ったキラの両腕にも、抱えられた包み達の山。そういえば、キラは女性にも男性にも人気があるのを忘れていた。だが、とりあえずと思い聞いてみる。 「…キラ。半分ほど貰ってくれないか?」 「え?いいの?本当に貰うよ?カガリとね、一緒に食べようって約束してるんだ」 ぱっと嬉しげな笑みを浮かべたキラに小さく笑って、すすすっとキラの机に俺のものだった包み達を移す。ご丁寧に紙袋を用意して来ていたキラのちゃっかりとしたところには何と言うか曖昧な笑みを浮かべるしかなかったが、喜々として貰ったものを仕舞っていく様子は見ていて微笑ましかった。 だが、ふと気が付いて首を捻る。何時もならば、この時間には再び書類の山が増えた上に、新しいMS開発の手伝いの為に駆り出される頃だ。だが、来た頃には積み上がっていた書類の山も徐々に減り始め、その上に追加される様子はない。キラのデスクにも書類は積まれていたが、彼はあまり気に留めていないかのようにパソコンを取り出していた。それは何時ものことで、遅く出勤してきたキラに文句を言われながら早く上がるのもいつものことだったが、何かいつもとは違う余裕が見える。疑問になって問い掛けると、返って来た答えは実にシンプルだった。 「あぁ…バレンタインだからね」 だからと言って、軍の機能自体がその働きを滞らせてしまっていていいのだろうか。思わず眉を寄せていた俺に気付いたキラが、あっけらかんと笑った。カガリも、年に一、ニ度のことだからと笑って許したらしい。そういうものなのかと溜め息を吐きつつ向き直った画面が、少し遠く感じた。今日はなるべくここに長く居ようと決めていただけに、拍子抜けしてしまう。考えても仕方がないのだとわかっているから、尚更。 結局、どんなにゆっくりと任務を熟しても、定時には帰る羽目になってしまった。今日は早く帰れると喜んでいるキラに、よかったなと言葉を返した自分は上手く笑えていただろうか。増えるのは任務ではなくバレンタインのプレゼントばかりで、疲れよりも先に眠気を感じた。明日でいいと言われた書類も全て終わらせてしまったが、今日麻痺していた分明日は忙しくなるのかと思うと気が滅入る。 「ねぇアスラン。いくつ貰った?」 「は…?」 「だから、バレンタインの!いくつ貰ったの?」 「…お前にあげた17個を含めて、49個だな。もう少し持って帰らないか?」 「49…アスラン貰い過ぎ。僕は43個だよ?何でそんなにモテるのさ…」 「………」 「あ、怒らないでよ。貰って帰るから」 ニコニコと笑って手を差し出すキラの両手に、貰った包みを渡しながら再び息を吐く。帰り着く頃には、ちょうど黙祷の時間だろうか。 玄関で靴を脱ぎスリッパを履きながら、コートを脱ぎ軍服のベルトを外す。真っ暗な家の中に点々と明かりを点けさせていきながら、リビングのソファにどさりと座り込んだ。オンにしたテレビには、バレンタインで浮かれている街の様子が映し出されていたが、その裏では追悼式典の様子を中継していることを知っている。迷わずチャンネルを変えて、軍服の上着を脱ぎ床に放り出した。何時もはしないはずの自分の所業も、今はどうでもかまわない。だが、追悼式典の様子をリアルタイムで教えてくれるその画面いっぱいに彼奴の姿が映った時、びくりと大きく肩が揺れた。凛とした態度で真っ直ぐとこちらを見つめ、いつか間近で見た青い瞳は深く、眉間には少し眉が寄せられている。若い者達の代表として選ばれたのだろう彼は、ユニウスセブンでの出来事は決して忘れてはいけないことや、今でもまだ傷を癒しきれていない者はいるのだと力強い口調で語っていた。 その声を聞く度に、身体の奥から熱が上がっていく。ずくん、と生まれた熱はじわじわと広がり、いつしか俺は少し息を乱していた。最後に触れられた時、今画面の中で拳を作っているあの綺麗な指がどう動いたのか、思い出してしまう。囁かれた言葉が頭の中で何度も響く。自分の身体を抱き締めながらも、どうしたいのかは自分自身よくわかっていた。本当は、傍に居て欲しい。今日というこの日に。だが、彼奴は居ない。だから、その温もりを思い出しながら自分で自分を慰めようとしているのだ、俺は。画面に映るその姿を見つめながら、俺の手は下肢に伸び、スラックスのベルトを外して下着の中へと侵入していた。もう止めることなど出来はしない。 「っ…は…ぁ…‥イザ…」 背もたれに身体を預けて、片足をソファの上に上げる。数回扱いただけですぐに、しばらく触れていなかった自身はしっかりと硬さを持ち始めていた。 『私にも、愛する者が居ます』 (…愛している、アスラン) 「っぁ…‥!」 どろりと先走りが零れ始めたのはそれからすぐのことで、俺は前傾姿勢になってくちゅりとその先端を指の腹で撫でていた。不意に爪を立てると、どうしようもない快感が背筋を駆け抜けていく。荒くなってしまった呼吸音と、先走りが全長に絡みついたことで響き始めた粘着質な音を耳にして、消え入りたい衝動に駆られた。 『もう二度と、あのような悲劇は繰り返させません』 (…イきたいのか?早い、な) 「も…イ‥く…ァ…ッ」 まだテレビから聞こえてくる彼奴の声と、その姿にどうしようもなく欲情してしまって、俺は手中に熱を吐き出した。ミルク色をした自分のものを見つめても、何の感情も生まれてこない。徐々に色と粘性が抜けて透明になり、つぅ…と手首を伝っていくそれがインナーを汚す前に立ち上がり、台所で手を洗った。青臭い臭いはまだ少し残っていたが、自身をスラックスの中に仕舞い込んでから再びテレビの方を見る。すでに、その中に彼の姿はなかった。 昨夜は何時もと同じようなメールを交わしてから眠りについた。彼奴からメールが来たのは二十ニ時を過ぎてから、今日はものすごく疲れたのだという内容だった。中継を見ていたことを伝えると、何時もよりも早かったのだなと少し驚いたような返答が。理由を言うと怒りだしそうな気がしたためにそれは言わなかったが、黙祷を一緒に出来たのが嬉しかったと言えば、暫く経ってから俺もだと返って来た。 そんなに気遣わなくてもかまわないんだぞと、何故か言えずにそのままおやすみと送ったのは何時だったか。二十四時よりも前に眠ったことなど久しぶりだったが、朝は朝でインターフォンの音に起こされて驚いた。時間は九時を少し回った頃で、更に驚きを重ねながら配達員の青年に内心感謝を述べる。寝坊というものを久々に体験した俺の元に届いたのは、小さな小包だった。 「差出人…イザーク・ジュール…?」 内容物説明の所にはお菓子と書かれてあり、ドキリと胸が高鳴る。何なのだろうと思いながら適当にサインをし、片手で持てる大きさのそれをリビングまで運んだ。とりあえず開けてみた中から出て来たのは、ラッピングされた箱。その箱の中には、手作りに見えるチョコレート色のカップケーキが並んでいた。まじまじと配達事項の書かれた紙を見てみれば、配達日指定は昨日になっている。 「…‥可愛い奴」 思わず、クスリと笑ってしまった。本来なら俺に寄越せと言ってくるはずの彼奴が、自ら送ってくるなど。しかもその上、少し出すのが遅れたのか昨日中に届かなかったところがまた可愛らしい。そんなことを言えば機嫌を損ねてしまうのはわかっている。だから、荷物が届いたことと凄く驚いたことをすぐにメールで伝えた。 たまには、バレンタインに浮かれてみるのもいいのかもしれない。 痛みを知っている人からの贈り物を見つめながら、俺は笑顔になるのを止められなかった。 ホワイトデーは、絶対に俺がびっくりさせてやろうと心に決めて。 END |
後書き 突発的に今日書き始めたものです! 急いで書いたので誤字脱字があるかもしれませんが、許して下さいませ(汗) 自慰シーン…入れるならもっとちゃんと書きたかったです(こら) ちなみにイザークさんが貰ったチョコの数は22個です。ザフトですから…! まな 07.02.15 |