何もいらない 世界が反転したかのように思えた。 冷たいお前の身体。 赤みのない肌。 常日頃から、真っ白い綺麗な肌だななんて思っていたが、この肌の白さは何か違う。 すっと何かが落ちていってしまったような白さは、青白いとも言えるもので、そっと撫でてみても硬直した肉の塊が、その弾力を返すだけだった。 冷たい、肌。 表情は本当に眠っているように思えるのに、閉ざされてしまった目蓋の奥の、緑色の瞳が世界を映すことほもうないのだ。 いっそ、その瞳をくりぬいて、ずっと俺が持っていようか。 自然と涙は出てこなかった。 俺が撃ったのだから当たり前だ。 一つ目の銃声が響いた時、お前は驚愕に満ちた瞳で俺を見ていた。 抱き締め合っていた身体から力が抜け、ずるりと地面に倒れ込む様子を見て、俺は小さく舌打ちしたのを憶えている。 手元が狂ったのか、至近距離で撃ったにも関わらず一発で仕留められなかった。 胸元を真っ赤に染めて、血を止めようとしているのか片手で銃弾のめり込んだ胸を押さえ、片手で俺の服を掴み血で汚す。 荒い息を吐くお前の前にしゃがみ、崩れ落ちようとしている身体を抱き締めた。 青白くなった唇が動き、胸を押さえて赤くなった手を俺の頬に添えるお前。 苦しさからかきつく眉を寄せながら、最後に見せた笑顔は美しかった。 そして、落とされた言葉も。 まだ、真っ赤に染まったままならば良かったのに、次に見たお前は真っ白だった。 寝かされている部屋も、ベッドも、そして掛けられているシーツも白い。 これはお前の色じゃない。 俺にもお前にも、血の赤が似合う。 解剖によって、俺がお前に埋め込んだ弾丸は取り除かれてしまったんだな。 ザフトを裏切ったお前を秘密裏に削除することが、俺の任務だった。 特殊部隊をお前の元にやったという話も聞いたが、そいつらをことごとく撃退したという話も聞いていたところに、舞い込んできた任務だった。 アカデミーでは、お前と張る唯一の人物だったから、というのが理由だ。 笑ってしまうだろう?アスラン。 何故俺に撃たれたのかと問い掛けても、貴様はまただんまりを決め込むつもりなんだろうな。 お前なら、わかっていた筈だ。 後ろにオーブがついているお前を、容易に殺れるのは俺か彼奴ぐらいだと、わかっていた筈だ。 逃げて自分の命を守り続けた先に、どんな敵が現れるのか。 そして、どんな結末を迎えるのか。 最後に告げられた言葉が、イザーク愛しているなんて滑稽だ。 ザフトへの忠誠を誓い、それを突き通してきた末がこの状況だなどと、俺は認めるつもりはない。 お前へのこの想いを、お前の身体の中に入れてから、俺は涙を流して全て忘れるんだ。 そっと重ねた冷たい唇を、愛撫するように何度か啄ばんでから、部屋を出た。 徐々に冷えていくお前の身体を腕に抱いたことに、後悔はなかった。 だが、あぁ、そうだな、アスラン。 俺も大概馬鹿者だ。 部屋を出て施設を後にしようとした途端、お前と同じ場所を撃たれた。 俺が撃った、ところをだ。 貫通した弾がどこかに消えるのを感じながら、俺は胸元を押さえて床に膝をついた。 ひゅーひゅーとどこからか空気が抜ける音を聞き、だんだんと重くなってくる目蓋を懸命に持ち上げる。 最後の力を振り絞るようにして振り返った先に、お前の幼馴染を見つけて笑ってしまった。 赤に、赤が染み込んでいく。 END |
後書き 突然な死ネタですみません(汗) 何だかものすごく気に入ってしまった話なのですが…いかがでしょうか? 時代は種後です。 まな 07.03.10 |