A.A.の食堂で食事を取っていたアスランは、不意にその手を止めて顔を上げ、隣で同じように昼食を食しているキラを見た。
ちょうど、彼の口の中にトマトが消えようとしている。

「キラ…今日は‥」

「ん…?イザークが遊びに来る日でしょ?」

キラはアスランの言わんとしていることを感じ取り、トマトを口に含んでもごもごとさせながら、彼の言葉を遮って答えた。
そうだよな、と口の中で呟く彼をよそに、自分は着々と食事を進めていく。
そんなキラを見てアスランも、先程名前が上がった人物が来てしまう前にとフォークを動かし始めた。

「昼過ぎって言ってたんだよね?」

「あぁ…だが、彼奴のことだから早く来るかもしれない」

少し動きを止めて危惧するような声を上げるアスランに、キラはくすりと笑いを零す。
今は十二時を少し回ったところだ。

「まさか…だってシャトルの時間は決まってるんだし」

「……そうだな」

彼らしくもなく、少し落ち着きのないアスランに再び笑ってしまう。
だが、アスランはそんなキラを見て、眉間に薄く皺を刻んだ。
その訝しむような表情にはっとなって首を振り、キラは目の前のトレーに視線を戻す。

「キラ…?」

「何でもない。ほら、早く食べないと置いてくよ?アスラン」

「な…っ」

子供じゃないんだぞ、と言う呟きが隣から漏れても気に留めず、キラは素知らぬ顔で昼食を済ませていった。



今日という日


二人してトレーを返却し、揃って食堂を出る。
向かう場所は、MSの格納庫だ。
昨日の内に今日の分の雑務を片付けていたアスランと、その彼にさんざん言われて今朝全てを終わらせたキラの二人は、今日これから特にやらなければいけない事もない。
それが、暇だという雰囲気を生んでいた。
その為、格納庫にいれば訪問者をすぐに出迎えられるということと、機体の整備チェックによって時間を潰せるという利害が一致したのである。

「…早く来ないかな‥イザーク」

コックピットに乗り込みながら整備班から改ざん箇所のデータを貰い、キラは小さく呟いた。
その隣でアスランは、さっさと機体に乗り込んでしまっている。
諦めたように息を吐いてそれに続き、キーボードを叩き始めて僅か三十分後。
ハッチが開き、民間船が滑り込んできた。
アスランとキラはほぼ同時にコックピットから顔を出し、二人で顔を見合わせてから下に下りる。
民間船から降りてきたのは、当たり前のようにイザークだった。
ザフトの白服を纏ったままA.A.の格納庫に足をつけた彼の元へ、走り寄る足音が届く。

「イザーク!」

名前を呼ばれて振り返った途端、彼の首に腕が巻き付き、柔らかな茶髪がその首筋を擽った。

「っ、こら貴様…!」

「早かったんだな」

待ち望んだように抱き着いてくるキラに眉を寄せ、彼を無理矢理引き剥がそうと躍起になっているイザークに思わず笑ってしまいながら、アスランはこつこつと床を鳴らして二人に近付いて行く。
視線が合わさり、じっと見つめ合うことになった瞳を逸らしたのは同時だった。

「とりあえず部屋に案内するよ、イザーク」

「僕達の部屋だけど、まだ夜じゃないからかまわないよね?」

「おい、俺は客だぞ。荷物を持とうと言う奴はいないのか」

先程までの抵抗が嘘のようにぱっと腕を離してアスランの隣に並ぶキラを、イザークは荷物を持って追い掛ける。
彼の言葉に、キラとアスランの二人はクス、と小さく笑みを零した。

「イザーク、それ毎回言ってるよ」

キラの指摘にふん、と鼻を鳴らして顔を背けながらも、そのイザークの口元には笑みが見える。
今は何をしているのか、最近身の回りで何が起こったのか、等という話をしている間に、部屋の前に着いてしまっていた。
アスランがパネルを押して扉を開け、キラとイザークが順に中へ入って行く。

「君は座っててね」

「俺はお茶の準備をするな」

丸テーブルと椅子を、がたがたと音を立てながら引っ張り出すキラにそう言われ、荷物をベッド脇に置いていたイザークは眉を顰めた。
アスランはといえば、言葉の通りさっさと奥に入って紅茶の用意をしている。

「俺も何かするぞ」

「…この部屋の勝手、わからないでしょ?邪魔になるから座ってて」

「む…‥」

にこりと微笑むキラにぴしゃりと言われてしまい、渋々イザークは腰を下ろした。
その彼を見てキラも、アスランの方へと向かう。
だが、残されたイザークはふと室内を見回し、ある物を目に留めて再び立ち上がった。
アスランの机の上に、何やら作りかけらしき小型の機械や工具が放置されており、それが彼の興味を誘ったのだ。
何だこれは、と言わんばかりに眉を寄せて指を伸ばしたイザークに気付き、アスランが声を上げた。
その手には銀のお盆、そしてその上には、ティーカップが三つとティーポット、ミルクや砂糖という紅茶セットが乗せられている。

「それに触るな!!」

「!?」

突然響いた怒声にイザークはびくりと手を引き、背筋を伸ばした。
カチャンッ、と音を立ててお盆が丸テーブルの上に置かれ、アスランが慌てたように寄って来る。

「触ってはいない。だが、これは何だ」

触ろうとしていたくせに、と言いかけてアスランは口をつぐみ、机の上を曝したままだった自分を叱責しながらそれらに布を被せた。

「…趣味だ」

「言いたくないならかまわんがな」

目を逸らせて小さく呟く彼にふんと鼻を鳴らし、イザークはキラの机へと視線を移す。
大人しくしていろ、と言い残して丸テーブルの方に戻り、ティーカップ等を並べて紅茶を注いでいくアスランを尻目に、彼は卓上に置かれたお守りに目を惹かれていた。
近寄って思わず手に取り、上に翳してみたりしながらまじまじと見つめる。
ちょうどキラが、クッキーの並べられた大皿を持って奥から出て来たところだった。

「あ、それ…イザークにあげようと思って買ってきたんだ。交通安全のお守り」

「…つまり、これは俺の物だということだな」

「まぁ、そうなるね」

「感謝してやらんこともないぞ、キラ」

嬉々としてポケットの中にお守りを仕舞い込むイザークを見ながら、アスランは先に椅子に座る。
それに続いて、イザークの様子にクスクスと漏れる笑みが止まらないキラも腰を下ろし、振り返ったイザークも二人に気付いて椅子を引いた。
一度大きな咳ばらいをして笑いを止めたキラを、イザークは怪訝そうに見遣るのみだ。

「それじゃあ…」

「いただきまーす」

各々がティーカップを持ったところで三人共が笑みを浮かべ、キラとアスランの言葉を皮切りに紅茶を一口飲む。
その味に、キラは恍惚とした表情を浮かべて瞳を輝かせた。

「美味しい…やっぱりアスランの煎れた紅茶は最高だよね」

「…ラクス仕込みだからな」

足を組んで、小さく笑いながら告げるアスランの瞳は少し遠い。
だがイザークは、気に留めることなく目の前のクッキーに手を伸ばした。
それに気付いたキラは思わず身を乗り出し、アスランは静かに目を細める。

「あ、イザーク、それ…」

「ラクスとカガリが、お前が来るからと張り切って焼いてくれたんだ。美味しいかどうかは知らないぞ」

「貴様に美味い紅茶の煎れ方をお教えしたラクス様が、まずいものをお作りになるわけがないだろう」

「待って。ここは、三人で一斉に食べてみようよ」

「…賛成だ」

「ニ対一か、分が悪いな。付き合ってやる」

「せーの…」

見目好いクッキーを三人共が手に取り、キラの言葉を合図にしてそれぞれの口の中へと入れる。
少し不安を煽り立てられたのか、イザークは一口かじるのみに留まり、他の二人も同様だった。
そして出た結論は、

「…不思議な味だな」

「…‥うん…個性があっていいんじゃないかな」

「クッキーに個性もくそもあるか。可もなく不可もない味だ」

ということになり、三枚のかじりかけのクッキーは各々のソーサーの上に放置されている。
その後でアスランは、キラに度々紅茶のお代わりを要求され、再び奥に入ることになってしまった。
先程煎れていた紅茶のおかげで温まっているティーポットの中に茶葉を入れ直して、電熱器を使い水が沸騰するのを待つ。
そこに、そろりとイザークがやって来て彼の隣に立った。
向こうではキラが、再びクッキーに挑戦しようとしている。

「…何か用か?」

「別に、何と無くだ」

素っ気ない問い掛けに、素っ気ない言葉で返されてぴくりと片眉を跳ねさせながら、アスランは沸騰してお湯になったそれの入ったやかんを持ち、ティーポットの中に注いだ。
そのまますぐに蓋を閉め、タイマーを作動させてじっとそこを見つめる。
真剣な表情で紅茶を蒸すアスランの横顔にくっ、と小さく笑って、イザークはすっと顔を近付けた。
頬に当たった柔らかな感触に驚いてアスランがそちらを見ると同時に、後ろからキラのからかうような声が跳ぶ。

「早く紅茶が飲みたいなー」

カッとアスランの頬が赤く染まり、イザークは口に片手を当ててくつくつと喉を鳴らして笑いながらキラの居る方へ戻っていった。
はっとしてタイマーに目を戻したアスランは、ちょうどの時間を示しているそれに慌ててタイマーを止め、ティーポットを持ってキラとイザークが待つ丸テーブルへ向かう。
カップに紅茶を注ぐ間、終始眉を顰めてむすっとしている彼を宥めながらも、イザークとキラの顔には笑みが浮かんでいるのだった。




END




後書き


十万打越え、ありがとうございます…!!(礼)
まさかここまで来られるとは、思っておりませんでした。
二周年という節目を迎え、その上十万という大台に乗り上げられたこと、本当に嬉しく思います。
皆様には、感謝のしようがございません。

事前のアンケートで一位に輝きました、ほのぼのを書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか…?
意外と可愛く仕上がったのではないかな、と思うのですが…

これからも精進致しますので、よろしくお願い致します(深礼)


まな
07.08.25


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