俺は今、少し機嫌が良い。自室ではないにも関わらず、鼻歌でも歌い出してしまいそうなほどだ。今日は朝からついていて、アスランと言う年下のガキよりも早く食堂に着き、奴がやってきた頃にはもう食事は中盤で、当然のように先に食べ終わった。 彼奴は取り澄ましたような顔で俺が食堂から出て行くのを見ていたが、どうせ内心では悔しがっていたに違いない。 リピーター 一人、口元に笑みを浮かべ、イザークは本当に軽い足取りで休憩室に向かっていた。扉を開けて、誰もいないそこを満足そうに見渡し、飲料系の自動販売機の前で足を止める。一定額の料金を入れれば商品を選択するボタンが光り、押せるようになるのはいつの時代も変わっていなかった。 表示されている缶珈琲を買うべく、イザークがその指を伸ばしてボタンを押す。程なくして、ガコンという音を立てながら、吐き出されるようにして取り出し口に落ちてきた缶を彼が拾い上げると同時に、パシュ、と小さな音を部屋に響かせて扉が開いた。ふっと振り返った彼の瞳と、今部屋に入ろうと扉を開けた人物、彼の好敵手と名高いアスランの瞳が交わる。一瞬、ぴりっとした空気が室内に流れたが、アスランはさして気にも止めていないかのようにソファに向かい、腰を下ろした。 イザークはその彼の様子に小さく舌打ちをして空気を裂くが、不意に浮かんだ己の考えに、その口元を緩ませた。再び自動販売機に一定額の料金を入れ、彼が今自分の手に持っている物と同じ缶珈琲を選択する。いつもならばしないことをして、アスランの驚いた顔を見てやろうと思ったのだ。 「アスラン。」 声を掛けられると同時に投げ渡された缶珈琲を咄嗟に片手で掴んで、アスランは一瞬驚いたような顔をした。手の中にある熱いそれは紛れも無く缶珈琲で、それを投げて寄越したのが紛れも無くあのイザークだったからだ。何を言えばいいのかと内心、軽く混乱してはいるが、それを面に出さないよう取り繕っている彼の隣に、微妙な間を空けてイザークが座る。 「…あ、ありがとう。」 ようやくそう言ったアスランは、この慣れない雰囲気に萎縮してしまっているようだった。他の人ならばともかく、いつも喧嘩や衝突ばかりを繰り返しているイザークからの不意打ちに、少しばかり動揺しているのが、本人の意思とは関係無く滲み出てしまっている。 この雰囲気を作り出したイザーク自身もまた、驚いていたことを除いて予想外なアスランの反応と、この空気に戸惑いを感じていた。何故こんなことになっているのだと内心問い掛けてみるが、答えてくれる者などもちろんいない。 「…あ、あぁ。」 しどろもどろになりながら答えて、かぽ、と音を立てながら缶を開ける。そのイザークに習ってアスランも缶を開け、違いに何処か気まずい空気も一緒に飲み込むかのように一口、珈琲を喉へ流し込んだ。それが攻を奏し、珈琲が中から身体を温めてくれたおかげで、アスランは少し落ち着きを取り戻した。ふぅ、と息を吐き出してソファの背もたれに身体を預け、両手で緩く缶を包む。缶の口の辺りをじっと見つめながら、心なしか表情を緩める彼を、イザークはちらりと横目で見遣りながら再び缶を煽った。だがそれは、不意に口を開いたアスランによって部屋の何処かへと逸らされてしまう。 「…珍しいな、お前が俺に優しくするのは。」 本人も、そう意識して言った言葉ではないことは目にも明らかで、イザークも始めは軽く聞き流そうとしていた。だが、イザーク自身は優しくしようと思ってアスランに珈琲を奢ったわけではない。もちろん、からかうつもりだったのだ。 「いやっ…まぁ…」 今更、この空気の中で本当のことなど言い出せず、普段とは違い歯切れ悪く言葉を返す彼に、アスランは違和感を感じてそちらを見遣る。ちら、と視線を返してきたイザークに首を傾げて見せる彼だったが、彼に不審に思われてしまった方は何故か焦りを感じていた。アスランの口元は緩く孤を描き、当初こそ戸惑っていたものの、今は甘んじてこの状況を受け入れていることが伺える。さらりと髪を揺らしながら顔を背けて珈琲を飲み始めたイザークの様子は、アスランの疑問を深めるばかりだ。 「イザーク?」 「喧しい!」 慣れぬことは二度としまい、とイザークが胸に誓ったことは言うまでもないが、何処と無く赤くなっている彼の耳朶が、透けるような銀髪の間から覗いているのが見え、アスランは、たまにはいいか、なんてのんびりと思っていた。 END |
後書き 皆様、常日頃からご愛顧下さりありがとうございます。 この度、十一万打を越えることが出来ました。 本当に、カウンターが回っていくのを見る度に皆様のお力を実感致します。 アンケートで一位になりました、ほのぼのを書かせていただいたつもり…なのですが… いかがでしたでしょうか? 一生懸命に書いたつもりなのですが、まなの足りない文章力ではこれが限界です(汗) まだまだ精進致します。 十一万打達成、本当にありがとうございました(礼) まな 07.11.07 下はコピーボックスです。自由にお持ち下さい。 転載される際には、 Mail、もしくはweb clapにて一声お声をお掛け下さいませ。 まなの名前さえ入れて下されば、リンクの有無は問いません。 |