おだやかな日差し


俺達二人に世話を焼かれることに慣れ、父は母はと泣かなくなったライサを連れて夕食の買い出しに行くことになり、俺達はジュール家を後にした。
買い物リストとして、エザリアさんからイザークの携帯にメールが入ったのがきっかけだ。
毎日毎日、一日中家に居て腐っているのだったら、少しは外に出て母上の役にも立ってちょうだいと書いてあった。
確かに、折角プラントに上がっているというのに毎日家に篭っていたし、ちょうどいいと俺は思ったのだが、イザークはそう思っていないようだ。

「…何を怒っているんだ。」

今日はバレンタインデーで、街中が少し浮ついた雰囲気になっているのも原因かもしれない。
だが、それを怒るべきは俺であって、イザークには関係無いだろうと思ったのは胸に仕舞った。
流石にこのくらい長い付き合いになると、言って良い事と悪い事の区別くらい俺にもわかる。
ライサはイザークの腕に抱かれて、興味津々と言いたげに瞳を輝かせていつもよりもざわついている街に目をやっていた。
足元では人工の雪が、さくさくと良い音を立てている。

「……前々回、前回の大戦のせいで、貴様はやはりプラントでは有名人だ。いつ襲われるか知れん。それに、」

不意に、随分と間を空けてイザークが低い声で話し始めた。
少し反応が遅れてしまったのを気付かせ無いように、そっと、そちらを見遣る。

「…まだ四年しか経っていないと言うのに、この雰囲気は何だ。」

やはりそこかと、思わず吐息が漏れた。
イザークは、血のバレンタインで肉親を誰一人として亡くしていない。
それでも軍に志願した理由は、やはりあの事件だと聞いていたし、意外と熱血漢であることも知ってはいるが、お前がそんなに怒ってくれることは無いのだ。

「…ありがとう、イザーク。」

小さく告げると、ふんと鼻を鳴らすことで返された。
いつまでも忘れないでいて欲しいと思うのは、当事者の勝手なのだから仕方が無い。
俺だって、ニュースでこんな事件が起こり、誰が誰に殺されたと聞いても、いつまでも憶えているわけではないし。
やはりそういうものは、遺族の胸にだけ深い傷を付けて行くのだろうと思う。
イザークは、少し特殊だ。
だが、そのお陰で不意に、母はもう居ないのだと、父ももう居ないのだと、思い出してしまって切なくなる。
あの時の俺はまだ十五、六歳で、母にも父にも何もしてあげられなかった。
今もまだ、十八歳と言う若い年齢だから、両親が共に居ないのは珍しい部類に入る。
二人共、特殊な死に方で…
思考は、突然額に感じた痛みによって現実に引き戻された。
若い男女が、仲良さ気に腕を組んで隣を通って行く。

「…貴様には、俺が居るだろうが。」

「ぁー…」

何時の間にか前に回り込んでいたイザークによって、額にデコピンをされたのだとようやく理解した。
身を屈めて顔を覗き込んでくるそいつの下から小さな手が伸びて来て、俺の髪をぐっと掴んで引っ張る。
それは、何処か心配げな表情を浮かべたライサだった。
小さな子でも、やはりわかるものはわかるらしい。

「…‥あぁ、そうだな。」

唇が触れてしまいそうな程の距離に、少し頬が熱くなる。
目の前で、死に絶えていく父を見た事に後悔は無い。



スーパーに着いたのは、それから直ぐだった。
ライサはイザークに預けて、彼が口にする物を次々に籠の中へ入れて行く。
具材から、何を作るつもりなのか推測したかったが、魚料理は詳しく無いので諦めた。
エザリアさんも偉いと思う。
それから、申し訳ないとも思う。
以前住んでいた一軒家から離れ、エザリアさんはマンションの一室を買って暮らしていた。
それでも、高級マンションと呼ばれる部類に入るマンションだが、一軒家に比べればやはり違う。
議員でなくても、十分に自分の能力を活かせる仕事場を、エザリアさんは知っているようだ。
昼間は仕事に勤しみ、夕方帰って来てから夕飯の準備をする様は、何と無く良い。
俺は結局、いつまで経っても軍に籍を置いていると言うのに。

「これで終わりか?」

「あぁ。」

最後にパスタの麺を籠の中に入れて、イザークと一緒に確認を取る。
ライサは疲れてしまったようで、彼の腕の中で眠りこけていた。
肩に頭を預けて、頬をぴったりと付けているものだから、彼のコートの色がそこだけ少し、唾液のせいで濃くなっている。
そのことを少し笑ってやりながらレジに並び、イザークの財布を使って俺が会計を済ませた。
その間に彼は、籠をサッカー台に移して買ったものを袋に詰めようとしていたのだが、いかんせん片手が完全に塞がっている為、袋を開く事すら難しいようだ。
何かやらかす前にと、レシートを貰ってから直ぐにそちらへ近寄り、横から袋を取り上げる。

「俺がやるから。」

「……わかった。」

渋々、と言った感じの彼を横目に見ながら、袋の中に商品を詰めていく。
じっと見つめてくる視線は、先程会計をしている時に向けられたものと同じだ。
ライサのせいで何も出来ないのが、内心焦れったいに違いない。

「イザーク。」

「何だ。」

「帰ったら、ホットチョコレートを作るからな。」

「…何だと?」

籠をサッカー台の横の籠置き場に重ねて、ガサリと音を立てながら袋を手に持つ。
ふっと目をやった先にあった怪訝そうな顔を無視して、少しだけ笑みを浮かべた。

「バレンタインデー、だからだ。お返し、期待してるぞ。」

使うのはお前の家にあるチョコレートだが、と思いながらも、これは口にしてはいけない事だと判断出来た俺は、少しくらいは成長しているかも知れない。
どういう方向に、かは敢えて言わないが。




END





後書き


バレンタインデーにイザアス+ライサを持って来てみました。
やっぱりまなは、バレンタインデー小説を書くとシリアス風味になってしまいます…
バレンタインデーは、アスランさんが考えて悩む日!みたいな刷り込みが何処かで行われたのではないでしょうか(ぇ)
夜になるとちょっとだけ泣いてしまって、それをイザークに見付かって抱き締められてると良いのですよ。
その時にちょうどライサが目を覚まして泣き始め、慌てる二人とか(笑)

まなは、実際に両親を亡くした訳では無いのでまだアスランさんの気持ちはわかりませんが…やはり辛い事ですよね。
…大丈夫ですアスランさん!沢山のお姉様方が、貴方を愛してお出でですから!!
と、言ってあげたい今日この頃です。
では、ここまで読んで下さりありがとうございました。
支離滅裂…すみません。


まな
08.02.14