君に届かない歌 思わず出た拳が、柔らかく白い頬に食い込んでその感触を脳に伝える。避けなかったお前が、咄嗟にか掴んできた手首が、掌から伝わる体温で熱を持った。ちりりと胸に燻ぶる罪悪感に蓋をし、何も言わない横顔を睨み付ける。 「…何だ。」 何か言うか、と思い、じっとそちらを見つめた。俺が怒っている理由をこいつが知っているかは知れないが、それを訊ねてくるか、何故こんな事をと怒るかはするかと思っていたのだが、 「…‥何でもない。」 と言って手を離し、背中を向けたこいつの様子に更に苛立った。ぎり、と奥歯が鳴るほどに歯を噛み締めて、先程殴った感触がまだ残っている拳を震わせる。もう知らんと一言叫び、走って部屋を出た。 こうなったら、どちらかが折れるまで再び言葉を交わす事はない。あんな奴、と心の中で卑下してみるが、ちりちりと更に燻ぶりを強めた罪悪感はもうすでに、薄い皮膚をひりひりと痛め付け、後には水膨れを作る軽い火傷となっていた。 彼奴を殴った拳が、嫌に熱い。 髪に隠されていた瞳は、それでも涙を流してはいなかったように思う。当たり前だ。泣きたいのは俺の方なのだから。 「くそ…っ。」 どん、と強く音を立てて、脇の壁を殴る。何時の間にか歩みを止めていた事にようやく気付いて、デッキに向かった。最早、見慣れた海から吹く風に当ろうなどとは、こんな時でなければ思わない。少しの時間でもそれに当たっていれば、すぐに塩にやられるからだ。髪がべたべたになるのを嫌っている事を彼奴は知っているから、きっとここを探しに来ることは無いだろう。 ……くだらない。探して欲しいとでも思っているのか、と自嘲して、小さく舌打ちする。 きっかけなんて些細なものだった。思い出す事さえくだらないほど、些細な。ただ、宇宙で別れた時から何も成長していないかに見えた彼奴に、酷く腹が立った。俺たちが敵と呼ぶ地球軍のパイロットは、確かにその腕を上げてきていると言うのに。認めたくはないが、俺よりも実力のある彼奴ならば、必ずあのストライクを討てるはずなのだ。だが、彼奴は。 「…何を隠している、アスラン…ッ。」 とんだ独り言だ。愛しく、思っている者の心の内すら量れず、その上殴り飛ばしてしまうなど。愛しいと、背中を預けられると、そう想えば想うほど、信頼していればいるほどに、裏切られたような感覚に襲われて周りが見えなくなる。俺の短所である事は、勿論自覚していた。 「…ここに、居たのか。」 「………。」 突然背後から聞こえた声に、肩が揺れる事は無かった。伊達にアカデミーを次席で卒業したわけでは無い。 「イザーク…」 振り向いた俺の目に映ったのは、熱を持ち、赤く腫れてしまった左頬。すまない、と小さく謝罪を口にしたこいつは、きっと何に対して謝ればいいのか分かっているのだろう。瞳を逸らしたまま、それでもその場に留まり続けるそいつに近付いて、腫れた頬に触れた。 「…すまん。」 ふる、と首を振った様子に唇を噛んで、ただ強く抱き締めた。 きっと、お前はまた俺の思いを、想いを、裏切るのだろう。 END |