ぐちゅぐちゅと下肢から沸き立つ音が、耳を犯す。もういいと訴えているというのに、蕾を更に広げようと蠢く指先は酷く意地悪だ。イザーク、と震える声で呼んでみるが反応は無く、代わりに爪先で内壁を掻かれる。熱い身体には十分過ぎる刺激だが、熱を持て余している身では物足りない。欲しいのは、
「イザ…ッ、も、指、いやぁっ、…つぃ、突いて…っ‥」
 教えられた言葉で、身体の奥を硬いモノで突いてくれと訴えるはずだった声は、イザークの口腔の中に吸い込まれて行き場を無くす。絡められる舌に夢中でしゃぶり付き、首に回した腕に力を込めた。目を閉じて、時折彼が漏らす息すらも逃がさぬように唇を重ね直す。唇、舌同士が擦れ合う感覚に浸っていると不意に、蕾から指が抜け出ていった。途端に感じる喪失感に腰が揺れる。ぱくぱくと、後穴が厭らしく戦慄いているのが自分でもわかった。
「んっ、ん…、イザーク…っ早く…はや、くぅ‥ッ。」
 唇から零れる息は何処までも熱く、深いキスを交わした事によって溢れた唾液すらも熱を持っている。必死になって快感を求め、下肢に何か咥えさせて欲しいと懇願するのは今日二度目だ。体内を蹂躙していた玩具が、彼の手によって発見され、引き抜かれた時が一度目だった。ぼんやりとした記憶の中に、酷く驚いたような、苦しそうなイザークの顔があるが、きっとその時のものだろう。こんなもの、と機械を握り締めてひびを入れていたのは憶えている。あの機械を入れたまま、挿入されるのは堪らなく気持ち良いのだが。
 強請る俺を見下ろしたまま、何もしないイザークの下肢に手を伸ばす。小さく揺れた肩を目の端で捉えたが、お構い無しに熱い欲望を握り締めた。
「俺、舐める‥から、だから、早く、」
「いい。」
「ッ…!」
 言いかけた言葉と自身に触れる手を制されて、機嫌を損ねてしまったかと思い固く身を竦ませる。途端に聞こえて来たのは、長く吐き出された溜息だ。今度こそ、本当に殴られるときつく目を閉じたが、感じたのは右足が持ち上げられる感覚と、蕾に宛がわれた熱い先端だった。ゆっくりと入口を押し広げながら入ってくる彼に、びくびくと身体が戦慄く。薄らと瞳を開いて見上げると、額にそっと口付けられた。
「っ、あ…は‥っ…。」
 彼の形に合わせて内壁を開かされていく事に、堪らない悦を感じる。ぴったりと襞を寄せて締め付けた俺の、浮きっぱなしの背中に腕が回された。狭い車内では身体を密着するしかなく、両足を上げ曲げたその間に、イザークの身体が隙間無く被さっている。背中を浮かせた状態で固定された事によって、内壁を擦る彼の角度が変わった。ずるずると未だに挿入を続ける彼を喜々として受け入れながら、はっはっとまるで犬のような呼吸を繰り返す。
「んっ…はっ、イザ‥す…き…ッ。」
 再び、するりと唇から滑り落ちた言葉は、飽きを知らない。秘部いっぱいにイザーク自身を感じながら何度も、好きだと告げた。その言葉を自分の意思で口に出来る事が嬉しく、ただの自己満足の為に、何度も。
 彼が動き出す前から勝手に腰を振って喘いでも、彼は何も言わなかった。だが、密着している分上手く身体を揺すれず、思ったような快楽を得る事は出来ない。先端を奥に擦り付けるような動きをするのが精々で、物足りなさに眉を寄せてイザークを見上げた。
「……。」
「っあ…!ん、ぁ、あ、ゃっ‥あ…ッ。」
 途端に、何も言わずに突き上げてくれる。そう、何も言わずに。この行為中、イザークと会話らしい会話など交わしていない。言葉を掛けられたとしても、言葉らしい言葉など返せはしないが、それでも。
 気持ち良く無いのだろうかと思い卑口に力を込めてみたが、それによって息を詰めた彼の自身は、俺の中でその硬さを増した。内壁を更に押し広げられて、快感がぞくぞくと背筋を走る。気持ち良さを感じている時に得られる反応に、口元が緩んだ。

 ふわふわ、ふわふわと漂う俺と、その俺へ必死に手を伸ばして捕まえようとしている俺が居る。
 だが、半端の無い快感が、俺を欲望の渦の中へと突き落とした。止めてくれる者を見付ける事が出来ずに、俺はそこで溺れていた。

 途中で途切れた意識が回復したのは、しばらくしてからだった。くら、と、寝転んでいるにも関わらず感じた目眩と頭痛に眉を寄せて、いつもと雰囲気の違う天井を見つめる。カーテンが閉じられているのか、それとも夜だからなのか暗い室内で、いつも居る場所ではない、という事に気付いただけで恐怖を感じた。
「…キラ…?」
 恐々と声を発すると、ふるりと唇が戦慄いてどっと冷や汗が溢れて来る。
「キラ…キラ!」
 いつも、目覚めた時には側に居た彼が居ない。だいたいの場合こういう時は、理性を無くした俺が何か彼の機嫌を損ねるような事をした時だ。早く対処をしなければ、手酷く抱かれる。ガタの来ている身体を押して起き上がり、酷くなった頭痛に額を押さえながら彼の名前を連呼した。早く、早くしなければ。
 だが、俺が彼を見付けるよりも早く、部屋の扉が開いた。
「キ…」
「アスラン!」
 ぐら、と視界が歪み、倒れるように床へ手をついて座り込む。
 扉を開けて、驚いたように駆け寄って来たのはイザークだった。
 そうだった。今、俺はイザークと一緒に居たのだったと、思うと同時に涙が溢れる。かたかたと小刻みに震える身体を強く抱き締められ、宥めるように背中を撫でられた。宙を見つめたままの瞳からぼたぼたと流れる涙は、イザークの服に染みを作っていく。抱き締め返しても、いいのだろうか。
「ィ…ザ…」
「…大丈夫だ、アスラン。」
 戦慄く指先がワイシャツを捕らえ、十本の指でしっかりと背中にしがみ付く。徐々に、彼の服越しに伝わってくる体温の温かさに気付き、喉を詰めてその肩に強く顔を埋めた。全身に力を込めて、離さないようにする。
 嫌なんだ、もう二度と。
「イザーク…ッ、イザーク、俺…す、まな…‥すまないっ、イザ、ごめ‥ッ、っ…くっ。」
「…謝るな。アスラン‥。アスラン。」
 しゃくりを上げる俺の名前を、イザークはただ呼んでくれた。
 経緯を説明する事は酷く億劫だったが、話さない、なんて選択肢は勿論用意されて無い為、俺は始めから全てを話した。淡々と、客観的に伝えていたというのに、不意に込み上げて来る涙を抑える事が出来ず、途中何度も止まってしまったが、それでもイザークはただ聞いてくれていた。ガンガンと後頭部に響く頭痛は増していても、快感と言う名の痛みさえ感じなければ薬を欲する事は無い。
「…‥それで、俺は…。」
「軍に、通報しろ。」
 ぽろ、と再び零れた涙を掬われ、そのままぐっと抱き締められる。イザークの言葉に思い切り首を振れば、苛立ちを抑え切れていない彼の声が何故だと言った。再度首を振って、ひく、と引き攣る喉を懸命に押さえ込む。
「あ、いつは、オーブにとって無くてはならない存在、なんだ。」
「だが…!」
「それに…っ。キラが問題を起こしたと‥知られれば、カガリの、立場が…危うくなる!」
 思わず声を荒げたのは、脳を犯す痛みが強くなり、引き攣る喉のせいで上手く声を出せない自分に苛立ったからだ。ぜぇ、と荒い息を吐き出した俺にイザークは喉を詰め、更に強く抱き締められる。
「っ……ならば、病院に行け。」
 何か言い返したい事があったのだろう彼から、搾り出された言葉にまた首を振る。それも頭の痛みへと繋がって行ったが、今更、元々の痛みよりも少し増したところで大した変わりは無かった。肩に触れる指先に力が込められ、皮膚に食い込んでくるのを感じて、じわりと胸が熱くなる。
「何故だ、貴様…!」
「病院なんて、行ける訳無い‥だろ。事情を、話さなければ俺が、捕まる…」
「…ならば、俺と一緒にプラントへ上がれ。」
 不意に身体を離されて、真っ正面から青い瞳に貫かれた。あまりの語気の強さに拒否権など無いように思えたが、流されてはならないと、今度は俺が何故だと唱える。会話らしい会話をするのは本当に久しぶりだ。
「プラントならば、最先端の医療技術で貴様を診られる。それに、俺が言えば詮索する者も居ないだろう。…貴様の素性が割れても、安心出来る病院もある。」
「イザーク…」
「麻薬は本当に厄介だ。そんな…肋が浮いているような身体で…!」
 辛そうに目を背けるイザークに、訳も無く切なくなって彼の身体に腕を回す。涙が止まった事で、頭に掛かっていた重みがマシになったような気がした。
「アスラン…。」
 こくりと頷き、一緒に行くと示せば、イザークはぎゅうと力強く抱き締めてくれた。だが、直ぐに離れてベッドを下りたかと思えば、俺の携帯電話と彼がいつも持っているのだろう小さいサイズの工具を持って戻って来る。ちら、と俺を見ながら、彼は端末をばらしに入った。ネジを回す音も全く立てずに。
「何故だ…!宇宙に上がれば、貴様の身体を治してやれるんだぞ!」
「だが…っ、キラが…」
 互いに口先だけで言いながらも、目線はずっと端末に向けられている。ゆっくりと開かれた中には…
「キラ・ヤマトは、貴様をそんな風にした張本人だろうが!!」
「彼奴から、逃げられる訳が無い…っ。」
 中には、今の俺の位置をキラに発信しているのだろう発信機と、合わせて盗聴機が仕込まれていた。予想していた事だがやはり実際に見るとショックで、顔が歪む。
「馬鹿を言うな!俺が、」
「お前を、巻き込みたくないんだ!」
「っ…。」
「…わかってくれ、イザーク…」
 その発信機を摘み上げたイザークが、窓の傍に寄って行く。何を、と思っている内に窓を開けて、
「待て!アスラン!」
と、言うと同時にそこから下に落とした。俺もそちらに近寄って外を見れば、無言でマンションの前の道路の先、交差点を曲がろうとしているトラックを指差される。あそこに落としたのか、と理解して口を開こうとすれば、口元を掌で覆われて留められた。喋るな、という合図だ。
 キラから渡された薬ケースの中にも盗聴機を見付け、イザークは別のケースに薬を移し直して鞄に仕舞っていた。俺も久々に帰った自宅の中から、要る物を整理して鞄に詰める。そして、行くぞというイザークの合図でその部屋を後にし、マンションを出るまで、俺達は一言も声を発さなかった。
「…どうせ、あの部屋にも盗聴機が仕掛けられていただろう。」
 苦々しげに言うイザークの言葉に頷きながらエレカに乗り込み、そのまま彼の運転で港に向かう。時間は掛かるが、港からザフトの軍艦に乗り込み、一度カーペンタリアへ向かって、そこから宇宙に上がった方が確実だった。停泊している船があるという情報を、イザークがメールでディアッカから聞き出したのだ。
「…乗せて、もらえるだろうか。」
「心配するな。」
 きっぱりと言い切った彼の言葉に思わず笑って、身体から力を抜く。
 今、この瞬間だけの幸せでもかまわない。
 もしもこれが夢で、目覚めた時にキラが、目の前に居たとしても。




「おはよう、アスラン。」




END





後書き


中々説明が難しい設定だったんですが、皆様どうでしたでしょうか…?
やっと書き上がりました。
最近台詞で締める話が多いような気がしますが、たまたま重なっただけです…!!
最後のやつは現実だったのかどうだったのか、キラだったのかイザークだったのかは皆様にお任せします。
この話はこれでようやく完結です。
お付き合い下さってありがとうございました。

まな
08.09.12