ここではばたく


プラントから地球へ下りることになり、俺は評議会に取り押さえられていた邸の警戒を解いてもらった上で、久々に自宅へ帰っていた。
家の中は、政府が何かを捜していたのか少し荒れている。
家主を失いしんと静まり返ってしまった家に耳をそばだてて、ここがまだ生きているのかを聞いていた。

「荒れているな。評議会は、礼儀を知らない馬鹿な鼠を寄越したらしい」

不意に背後から聞こえた足音と声に、彼が追い付いて来たことを知って振り返る。
彼はキーチェーンのわっかに指を通して、車の鍵をひゅんひゅんと軽く回していた。

「イザーク…盗聴されていてもおかしくないんだぞ。口を謹め」

ふん、と鳴らされる鼻音と共に一度宙を舞い、再び彼の手中に納まる鍵。
それを見てから、自分が向かおうとしていた部屋へ行く為に踵を返した。
背後では小さな金属音。
何をしているのかは定かではないが、彼が後ろを着いて来ているのはわかった。


階段を使って二階に上がると、踊り場の正面に飾られていたはずの絵が床に落ちているのが目に止まった。
仕方無く割れた額縁を靴で踏み付けながら進み、ガラスがぱきぱきと更に細かく砕ける音に眉を寄せる。
後ろからもその音が続いて、彼の足音には怒りが混じっているのが伝わってきた。
だが、それも気にしないようにして廊下の突き当たりを目指す。
まだ生きている電源を利用して扉を開け、室内に足を踏み入れた。
窓と蛍光灯は割られていて、カーテンも床に落ちている。

「…ここはまだマシ、か」

小さく呟いたのは彼だったが、俺もそう感じた。
ガラスは床に散乱しているものの、机の引き出しの中身などはひっくり返されていない。
ここは俺の自室。
アカデミーに通う前は、この部屋が俺の世界だった。

「持ち帰りたいものは残っているのか?」

「あぁ…あるようだ」

士官学校を卒業してクルーゼ隊の所属になった時、俺は軍から与えられたマンションの一室に引越しをした。
その時、いつでも取りに来られるからと思って、置いて行ってしまった、それ。
本棚の中にきちんと納まっているのを見て安心した。
足元からぱきぱきと音を立てながらその傍に寄って行き、ゆっくり手を伸ばして両手に持ってみる。

「戦争が本格化した時、これを持って行かなかったことを後悔したよ」

開いた本の中には、幸せそうに笑う家族の写真。
そう、俺達は家族だった。
その家族が崩壊する音が聞こえ始めたのは、一年と半年程前。
もう見ることは出来ない両親の姿と、もう二度と浮かべられそうもない笑顔で写っている自分に嫉妬する。
始めは十三歳くらいだった俺は、ぱらぱらとアルバムをめくって行く内に徐々に大人びて。
それでも、父も母も笑みを携えていた。

「…こんな表情、見たことが無いぞ」

背後から覗き込んできていたイザークの呟きが、写真の中の俺に対してなのか父に対してなのかはわからない。
やがて、去年の一月に撮った写真を最後に、アルバムは真っ白なページを曝し始める。
その白いページを全てめくり終えてから、その本を閉じた。

「イザーク、持っていてくれ。もっと前のがあるはずなんだ」

肩越しに後ろへ向かってアルバムを出すと、少しの間を持ってそれが不意に軽くなる。
彼が手にしてくれたことを確かめ、俺はそれから手を離した。
隣に置いてあったはずが、何故か場所を移されてしまったらしい他のアルバムを探す。
目で追えばすぐに見付かった茶色い背表紙に指を掛けて、本棚から引っ張り出した。
先程とは違い、軽く中を確認するだけのつもりで表紙を開く。

「キラ・ヤマト…か?」

だが、イザークが食いついて来たものだから、それも出来なくなってしまった。
横に回ればいいのに、わざわざ後ろから覗き込む彼の頬が近い。
そのアルバムの一番最初の写真は幼い俺とキラのもので、めくっていく内に時折キラの母であるカリダさんや俺の母も写っていた。
この時期のアルバムに父の写真はほとんど無い。
そして、この本の大概の写真は俺とキラだ。

「……仲が良かったのは本当らしいな」

「信じていなかったのか?」

低くなった彼の声に、今まで疑われていたらしいことが伺えて眉を寄せる。
それでもぱらぱらとアルバムのページを送っていると、突然伸びて来た手にそれを奪われた。

「な……」

「俺が写っていないのが気に食わん。早く他のも探せ」

驚いて振り返った先には、不機嫌そうに眉間へ皺を寄せて、瞳を細くしたイザークの顔。
唇も心なしか尖らせているような気がして、その言葉と表情に、少しの間呆気に取られる。
瞳を大きく開いて固まってしまったのは本当に数瞬だったが、イザークの表情は更に不機嫌さを増した。

「……何だ」

声も低く小さい。
だが、だんだんと頬に赤みがさして来ているのがわかり、俺は思わず、ぷっと吹き出してしまった。

「貴様ッ」

「すまない…いや……っ、可笑しくて」

耐え切れず漏れ出してしまった笑いを懸命に押し殺そうと背中を丸めるが、くつくつと鳴る喉は止めようが無い。
口元と腹部に手を当てて笑う俺からは、もはや前に垂れてくる髪と自分の胸元しか見えなかった。
先程のイザークの言葉を思い出す度に、笑いは治まるどころか更に酷くなってしまう。
俺が写っていないのが嫌だなんて、そんな当たり前のことに嫉妬をするなんて。

「くっ、くく…っ」

「何をそんなに笑っている!」

いよいよ怒鳴り始めた彼にようやく笑いは治まり始めて、引き攣る腹筋と息を整えようと頑張ってみる。
前屈みになっていた身体を徐々に元に戻し、彼の青い双眸を見つめて目を細めた。
真っ赤に染まっている耳。
吊り上がった目元の赤までも愛しくて、頬を緩める。

「っ…」

途端に、開きかけた唇を閉じて、少しの間押し黙るイザーク。
照れを感じているらしいのは目にも明らかで。
きっと黙ってしまったのもそれのせいなのだろうと、勝手に目星を付けた。

「……これからは、貴様の隣に俺が居る写真を増やすぞ」

「あぁ、わかってるよ」

真っ直ぐな瞳は本当にそれを実行に移してくれそうだ。
例えそれが不可能なことだとしても、頷きたかった。
何故ここに来たのかを忘れた訳では無い。
地球に下りる荷造りをする上で、どうしてもアルバムを持って行きたかったからだ。
それでも、ガラスを割られた窓枠から差し込む人工太陽の光の中で、俺は彼に顔を近付けた。
柔らかく重なり合う唇。
その感触に、時間を掛けて目を閉じる。


アルバムを全て回収した後は、他の部屋を懐かしんで見ることもなく邸を後にした。
もう二度とこの家には帰らない。
これから俺は、地球で、オーブで、いったいこの世界の為に何が出来るのだろう。




to be 種運命的な





後書き


書きたかったのは、昔の写真に嫉妬するイザークさんです(笑)
ギャグ調にするはずが、何故か初っ端からシリアス打ち噛ましてしまってどうしようかと思いました。

写真ネタは、実は額へと被っているので、おんなじような場面が出るかもしれないなぁなんて今から思っています。


まな
08.11.24
08.12.21日記→Novel