きほんてきにマイペースです とん、と肩に触れられて、イザークは目を覚ました。意識が落ちていくのを感じはしたが、抗う気など無く眠ってしまったことは覚えている。 睫毛を震わせて、緩慢な動作で目蓋を押し上げた。リビングのソファで寝てしまったことを再認識して、目に突き刺さる電気の光に眉を顰める。かけられている毛布を手で掴みながら、いつの間にか横たえていた体を起こした。目の前のテレビは消えていて、作業をしていたアスランもいない。子守歌代わりになった羽音もしなくなっていて、軽く周りを見渡した。頭を痛めた機械鳥達の姿は全く無く、イザークが朝に家を出た時と同じリビングに戻っている。 とん、とん、と時折跳ねながら、ソファの背もたれに乗って小首を傾げている、真っ白な鳥以外は。 「貴様か…」 寝起きのせいか気怠げに響く声で呟いて、イザークは白い機械鳥に向かって指を差し出す。左手の人差し指にあっさり飛び移って来た鳥をじっと見つめた。全長は小さく、五cmほどしかない。瞳に填め込まれているのが、水色のガラス玉であることに気が付く。 リビングの扉が開く音が耳に届いて、イザークの視線は扉に移った。パジャマ姿のアスランが、微笑を浮かべて近付いて来る。 「可愛いだろう?」 「…一匹ならな」 素っ気無く返したイザークの言葉に、アスランの瞳が丸くなる。見開かれた瞳を見て、イザークは眉を寄せた。 「匹…か。前のお前なら一個、だな」 だが、続いて柔らかく緩んだ目尻に、眉間の皺と反して頬が熱くなる。イザークは鼻を鳴らして、指に大人しくとまっている機械鳥を見た。隣にアスランが腰を下ろす。 「…プレゼントだ」 小さな声が、イザークの耳に届いた。 「二番煎じは要らん」 下げたばかりの視線を上げて、イザークは鋭い瞳でアスランを見つめる。 彼の言葉に、アスランはクスクスと笑い始めた。 「言うと思ったよ」 口元には笑みを浮かべたままだが、呟いた彼の瞳が少し伏せられる。イザークは右手を伸ばして、薄く肉の付いた頬を包んだ。左の指にとまっていた鳥が羽ばたき、イザークの左肩に移る。 「俺は…何をあげれば人が喜んでくれるのかが、分からないから」 「………」 「お前が好きな物、本当に知らないんだなって実感したよ」 「…アスラン」 言葉を投げ出すように告げるアスランに釣られて、イザークの眉間が深く皺を刻む。名前を呼べば、青い睫毛が伏せられた。隠された翡翠のような瞳に、目蓋の上から口付ける。同時に左腕を背中に回して、緩く身体を抱き締めた。 「大量に作った鳥達は、オーブの孤児院へ贈るやつなんだ。キラとカリダさんが暮らしているところ。でも…お前にも一つ、あげたくなって」 敵わんな、と呟いて、イザークは笑う。 「仕方がないから、もらってやる」 顔を上げたアスランが、目を見開く。だがしばらくすれば、くしゃりと顔を歪ませて、泣きそうな顔で笑い返してきた。 ていきてきにけづくろいをしてあげましょう 知らない間に乾いていた自分の髪は放って、イザークは今風呂から出たばかりのアスランの髪を乾かしてやる。ソファに座るイザークの前でラグに座っているアスランは、まさにされるがままだ。イザークは右手にドライヤーを持ち、左手で手櫛をしながら、柔らかい青髪に熱風を通していた。 「右を向け」 見た目通りと言うべきか、量の多いアスランの髪の毛は、乾かすにも一苦労だ。だが、イザークはこの時間が嫌いでは無かった。もう遅い時間だ。乾かし終えれば、そのまま寝る準備を済ませてベッドに入らなければならないだろう。 指示通りに顔を横に向けたアスランが、横目でちらりと見上げて来る。 「…どうした?」 「いや…」 問い掛けた途端に視線を下げて、クスクスと笑い始める彼にイザークは眉を寄せる。 「頭に乗ってるの…可愛いなと思っただけだ」 「やかましい」 「はいはい」 アスランから贈られた白い鳥が、イザークの頭の上に鎮座していた。イザークが眠ってしまうまで部屋を飛び回っていた機械鳥達とは違い、その鳥はイザークを主人だと認識しているようだ。 「鳥っていいよな…」 ドライヤーが発する微かな風音に被せて、アスランが口を開く。イザークは手を止めずに、じっと聴き耳を立てた。 「どこにでも飛んで行ける。…でも、途中で休まなきゃいけないから、自分の止まり木を作るために実を運ぶんだ」 「なんだ?汚い話か?」 「違う」 「冗談だ」 むっ、と尖る唇を見て、イザークの喉がくつくつと鳴る。ドライヤーを止めて、髪の毛が乾いたかどうかを指先で確かめた。最後に脇に置いていたブラシで全体を梳いて整え、ドライヤーのコードを抜く。本体にコードを巻き付けて、まだ熱いドライヤーをアスランに渡した。彼がテーブルの下に置いてあるボックスの中に片付けている間に、イザークはソファから身体を下ろしてアスランの後ろに座る。イザークの足の間に身体を入れて、アスランは寄り掛かって来た。背中をソファにもたれさせて、重みを受け止める。 「……キラに、僕は止まり木になってあげられなかったね、ごめんね、って……言わせてしまったんだ」 後ろから腹部に腕を回し、右腕に添えられた手を取って握り締めた。自然と指を絡め合わせながら、イザークは眉を寄せる。 「ここから飛ぶんだろ、貴様は」 ふん、と一度鼻を鳴らして、強く響く声で告げる。乾かしたばかりの髪が揺れて、アスランの手に力が込められた。 「あぁ……必ず」 イザークはソファにもたれさせていた身体を起こし、アスランを抱き締め直す。肩に顎を乗せるような形で顔を覗き込み、頬に優しく口付けた。 「イザーク、愛してる」 柔らかく零された言葉に、思わずイザークの口元が緩む。 「貴様に出来ることを、ここでしろ。月曜からは、働かないと飯を食わせんからな」 「手厳しいな…覚悟しておくよ」 今日は金曜日。月曜日まで、後二日しか無い。そして明日は、アスランがイザークの所に突然やって来てから、ちょうど二週間になる日だ。 一般的には休みとなっている土曜日でも関係無く、イザークには仕事がある。昼間独りになったアスランが、どんな仕事を見付けてくるのか。見当は付かないが、アスランならば大丈夫だろうとイザークは思った。 「愛している、アスラン」 もう一度頬に口付けて、耳元で囁く。 離れていた時を埋めるように、強く手を握り合った。 END |