紫陽花 あるていどのきけんはかくごしましょう イザークとアスランは、オーブの国内にあるマンションの一室で一緒に暮らしていた。と言っても同じ家の中で過ごしているのは休日だけで、普段イザークは宇宙で任務をこなしている。だが、一緒に暮らしていると言える理由はあった。そこには、家主であるアスランの日用品はもちろん、イザークの物も溢れているからだ。室内だけを見れば、まるで毎日寝起きを共にしているように思える。 二人にとって、休日は唯一恋人に会える日であり、多忙な毎日から抜け出せる貴重な日だ。 だがアスランは今、頭を悩ませていた。イザークが長期の有給休暇を取ると言い出し、実際に休暇をもぎ取ってやって来てしまったのだ。彼に会うことも、彼が長期に渡って家に居座ることも問題ではない。ただ一つある悩みは、イザークが身体を求めてくるのではないかということだった。次の日が休日ならば、アスランも嫌とは言わないのだが、イザークが滞在している間のアスランの予定は、もちろん休日以外全て任務で埋まっている。身体を重ねる行為は、予想外に次の日へ響くのだ。男同士であれば尚更、本来そういう行為に用いるべきではない器官を使うのであるから、身体に掛かる負担は大きい。初めて身体を重ねた時よりも苦痛は感じないが、それでも少し気鬱になるアスランだった。 じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう 月曜日の夜、アスランが帰宅してシャワーを浴びようと準備をしていた頃に、イザークはやって来た。合鍵で扉を開く音が、脱衣所にいたアスランの耳に届く。 合鍵で扉を開き、特に大きな荷物も持たずに、イザークは第二の家とも呼べるアスランの家に上がる。アスランは上の服を全て脱いだところだったが、先程の音によって恋人の訪問に気付き、その格好のままで玄関に向かった。下は履いているし、疲れている状態でもう一度服を着直すのも面倒臭く、このままで良いだろうと思ったのだ。 「早かったな、イザーク。もう少し遅くなるかと思っていた。」 「これでも少し遅れた方だ。彼奴らめ、明日から休みだから仕事をしろと昨日も今日も…」 丁度ブーツを脱ぎ終えて、軍服を脱いでしまおうと寝室に向かっていたイザークと鉢合い、アスランは一週間ぶりに見た彼の姿に思わず頬を緩める。彼の話によれば、昨日の休みを返上してまで明日からの休暇の為に任務をこなしていたらしく、今日も早めに帰艦しようとしたところを捕まってしまい、軍服を着替える暇も無かった様だ。 アスランに一連の事情を話してから目を伏せ、深く息を吐いたイザークが、再びその瞳を開いて目の前の彼を見遣る。改めて視界に捉えた彼の身体は白く、一週間と少し前に付けたはずの所有印は無くなっていた。思わず腕を伸ばして抱き締めようとしたイザークの行動にはっとして、アスランは咄嗟にその手を掴む。 「…駄目だ。」 「…別に、しようと言っているわけではない。」 先程まで浮かべられていたはずの笑みはアスランの顔から消え、緑の瞳は強くイザークを睨んでいる。彼の言わんとしている事が伝わり、イザークも眉を顰めて言い返した。だがアスランは、 「それでも駄目だ。いつもそのまま、なし崩しになるじゃないか。」 と言って、掴んでいた手を離したと思えばそのまま踵を返し、イザークに背を向けて浴室に戻ろうとする。 せをむけてはいけません 取り残され、むすっとした表情でその背中を見つめていたイザークは、不意に、たっと床を蹴って彼の背後に走り寄り、近付いて来たことに気付いて彼が振り返るよりも早くその身体を抱き締めた。途端にイザーク、と怒鳴るアスランにますます不機嫌そうな顔をして、彼はその項に顔を埋める。濃紺の髪の毛を鼻先で掻き分け、首筋の皮膚に唇を寄せた。小さく肩を揺らして逃げようとするアスランのそこをおもむろに強く吸い上げて、赤い痕を残す。 「っ…」 びく、と強張ったアスランの身体に目を細めて、低い声で名前を呼びながら、ゆっくりとした動作で腹部から胸元にかけてなぞった。このまま寝室に連れ込めるか、とそう彼が思った時、突然鳩尾に肘鉄が飛んだ。 むりにいうことをきかせようとしてはいけません 男の、しかも軍人であるアスランからの反撃にイザークは唸り、腹部を押さえて踞る。流石にやり過ぎたか、とアスランは思ったが、 「…お前が悪いんだからな。」 と一言告げて脱衣所の中に入ろうとした。だが、 「っ…!?」 不意に身体が揺らぎ、彼は息を詰める。しゃがみ込んでいたイザークが彼の足首を掴み、勢い良く自分の方に引っ張ったのだ。突然の事にアスランはバランスを崩して横転し、咄嗟に受け身を取ったものの強かに身体を打ち付ける。床は当然、フローリングだ。 「イザーク!」 再び叱責するように名前を呼んだ彼の上にイザークは覆い被さり、肘鉄による痛みのせいで目元に浮かんでいた涙をわざとらしく拭う。そしてすぐに、ニヤリとした笑みを向けてきた彼にアスランは慌て、その肩を押しながら身を捩った。 「止めてくれ!明日は任務が、」 「知らんな。」 片手でアスランの肩を押さえ、身体を蹴り上げようとしてくる両足の上にイザークは座る。そうしておいて、未だに止めろと繰り返すアスランのベルトを抜き取り、それで抵抗を続ける両手首を頭上で縛り上げた。ぐっと唇を噛んで、アスランは悔しそうに顔を背ける。床に打ち付けた箇所はじんじんと痛みを発し、イザークの手が肌を滑る度に身体が揺れるのを感じた。熱い指先が片方の胸の尖りに触れ、そこを立たせようと爪で掻いてくる。今更ながらに服を着ずに彼を出迎えた事に後悔して、アスランは背中に触れる冷たいフローリングの床に、肌が馴染んでいくのを頭の片隅で認識した。 触れ始めてすぐに、弾力を持ってぷくりと立ち上がる尖りにイザークは目を細め、そこをきゅっと摘み上げる。小さく声を漏らして頬を上気させるアスランに顔を近付け、ちゅ、と音を響かせながら口付けた。 「ん、は…っ」 摘んだ尖りをくりくりと弄り、指先を擦り合わせるようにしていると、アスランの唇から徐々に熱っぽい吐息が零れてくる。その吐息を奪うように何度も唇を重ね直すイザークに、アスランは目を伏せて応えた。そんな彼の様子を見て口角を上げ、イザークは舌を差し入れる。歯列を割り、彼の舌に触れようとした、その時。 あまやかしすぎはいけません 「っ――…!?」 ガリ、と鈍い音がするのと同時に、イザークは声に成らない声を上げて勢い良く顔を上げた。従ったかに見えたアスランが、彼の舌を少し強めに噛んだのだ。 「…止めろと言っているだろう?今日は疲れているんだ。勘弁してくれ。」 「………。」 目を開き、きつく睨み上げてくるアスランの瞳は鋭く、頬は赤くなっているがその声は低い。 結局その日、二人が身体を重ねる事は無かった。 次の日、平日にはいつもお世話になっている目覚まし時計のアラームが、けたたましく鳴り響く音でアスランは目を覚ました。腕を伸ばしてその音を止め、寝返りを打って仰向けになった途端に目に入ってきた日の光りに、カーテンが開けられているのだと理解する。隣を見れば、シーツに皺が付いているもののイザークの姿は無かった。 もう起きているのか、とぼんやりと思い、身体を起こしたアスランの鼻に、リビングから美味しそうな匂いが届く。開けられたままの、寝室とリビングを隔てる扉の隙間から、イザークが準備をしているのが見えた。 なつくとたのもしいそんざいです そのままベッドから下りてリビングにやって来たアスランに気付いて、イザークはレタスをちぎっていた手を止めた。まな板の上には、まだ切られていないトマトが乗っている。 「おはよう、アスラン。先に顔を洗ってこい。」 「あぁ、わかった。おはよう。」 了承を示しながらも、アスランは脱衣所兼洗面所がある方ではなく、イザークに近付いていた。寝ぼけているのか、と思ったイザークに反してアスランはその隣に立ち、ちらりと横目でこちらを見た彼の頬に口付ける。思わず互いに微笑を浮かべ、少しの間無言で肩を寄せていたが、 「…顔、洗ってくる。」 と言うアスランの言葉でそれは離れてしまった。 顔も洗って、髪も整え、オーブ軍の軍服をきっちりと纏った姿で、アスランは再びリビングに居た。彼がせかせかと準備をしている間にイザークは朝食を作り終え、それは綺麗にダイニングテーブルの上へ並べられている。紅茶の注がれたカップの中からは湯気が立ち上り、アッサムの香りを室内に漂わせていた。いつも座る椅子に腰掛けながら、こんなものがこの家にあっただろうかとアスランはカップの中を覗いて、隣に腰を下ろしたイザークの顔を見る。その表情に彼が言いたいことを察して、イザークは小さく笑って見せた。 「…家から持って来たものだ。昔から馴染みのある店で手に入れている。美味いぞ。」 「…いただきます。」 その言葉にふっと表情を緩め、真面目にも小さく手を合わせて告げるアスランの横顔を、彼はただ目を細めて見ていた。 朝食も終え、歯磨きも済ませて、軍での任務用のコンパクトサイズのパソコンと、データの入ったディスクを鞄に入れ、忘れ物が無いか頭の中で確認しながらコートを着る。軍服だけでは、もう寒い季節だ。鞄をしっかりと手に持ち、アスランは玄関へ向かった。 だが、今日はいつもと違いイザークがこの家に居ることをはっと思い出し、慌てて彼が洗い物をしているリビングに戻った。 後ろを通り抜けて行ったと思えば、ばたばたと落ち着き無く戻ってきたアスランに、イザークは顔をしかめて振り返る。 「行ってくる。」 それにタイミングを合わせて、アスランは頬に口付けを施した。正気の時の彼にしては珍しい不意打ちに、イザークの頬が薄い赤に染まる。 「なるべく、早く帰って来るよ。」 そう告げて、アスランは家を出て行った。 台所に一人、取り残されることになったイザークは、一度玄関に向かったにも関わらず、戻って来たアスランの不自然さの理由に気付いて眉を寄せる。 いがいときずつきやすいいきものです 「…彼奴め、忘れていたな…」 俺のことを、と内心小さく付け足して、彼は手早く洗い物を終わらせた。 その日の内に、アスランが溜めていた洗濯物を洗濯機に放り込んだり、全ての部屋に掃除機をかけたりしている間も、イザークの機嫌は何処か悪かった。昨夜の抵抗の仕方と言い、今朝のことと言い、嫌に引っ掛かってしまう。一人、リビングのソファに座って紅茶を飲みながら、彼は終始アスランが帰宅してからの事を考えていた。 定時から二時間が過ぎようとしていた頃、アスランはようやく家路に着いた。ただいま、と中に声を掛けながら靴を脱いで、家に上がった彼の元に、美味しそうな匂いが届く。何を作ってくれたのだろうかと、思わず表情を緩めてリビングに向かった。 だが、そこにイザークの姿は無く、アスランは訝しむように眉を寄せる。明かりは点いているし、コンロの上に置かれている鍋の蓋には温めた証である水滴が付き、テーブルの上には二人分の食器が並べられていた。何処に居るのだろうかと思いながら、コートを脱いで寝室へ向かおうと踵を返した彼の背後から、突然腕が伸びる。 「っ、驚かせるな…居たのか、イザーク。ただいま。」 その腕の中に捕われ、驚きに一瞬身体を強張らせたアスランだったが、誰だと確認するまでもなくイザークがした事だとわかり、腕に手を添えながら軽く背後を振り返る。だが、イザークは彼の肩に顔を埋めて、そのまま動こうとはしなかった。 「怒っているのか…?すまない、その‥キラに捕まってしまって、」 きちんとききかんりをしましょう 何も言わない彼に少し焦りを感じて、懸命に弁解しようとする。だが、そんなアスランの言葉の中に出て来た、キラと言う名前を聞いた途端にイザークはぴくりと眉を寄せ、少し顔を上げてじっとそちらを睨み付けた。 「キラ・ヤマトだと…?」 「え…?」 → |