部屋に運び込まれた俺のパソコンが、暗がりの中で白々しい光を放つ。俺はベッドに身体を投げ出して、それをつつくキラの背中を虚ろな瞳で見つめていた。 全身がぐっしょりと、汗や粘液で濡れて気持ち悪い。 「あ…アスラン、よかったね。あの人オーブに…アスランに会うために降りてくるって。」 突然室内に通ったキラの楽しげな声に、俺は目蓋を閉じて涙した。本心では会いたい。ずっと会えていない彼奴に。 だが、その気持ちは、キラによって挫けてしまう。 戻して、早く 今、俺とキラはシャトルの発着場にやってきていた。彼奴からメールが来て三日…いや、それ以上かもしれないが、何日か経っている。ずっと部屋に閉じ込められていた俺は、本当に久しぶりに外の空気を吸った。こんな状況じゃなければ、嬉しかったに違いない。秘部に埋め込まれ、不動のまま我がもの顔で内壁を圧迫する、コレさえなければ。 「アスラン大丈夫?ちょっと赤くなってきたね、顔。」 顔を覗き込んでくる、コイツさえいなければ。そして、徐々に痛みを訴えてくる頭さえ、治ってくれたら。 「…キラ…頼むから…」 「アスラン!」 名前を呼んでくる声に、言い掛けていた言葉が止まる。ざわざわとした周りの騒めきが戻ってくる。 ブリーフケースを片手に下げ、白い軍服のままでイザークがこちらへと走って来ていた。その表情は、しばらくぶりに会ったにも関わらず不機嫌そうだったが。恐らく、いや、確実にキラのせいだろう。以前から顔を突き合わせる度に不機嫌そうな表情をしてはいたが、何かその時とは違う。本当に不快だと、言いたげだった。 「イザーク…」 自然と表情が緩む。 だが、泣きたかった。 それが顔に出ていたのだろうか。次第に速度を緩めて、俺の前で立ち止まったイザークは、眉間の皺を深くした。すっと伸ばされた手が、前髪を掻き上げるような仕草で触れてくる。親指が労るように、目の下を何度かなぞった。 「…痩せたな。それに、顔色が悪い。」 呟かれた言葉に苦笑しながらも彼の手に自分の手を重ねれば、本当に泣いてしまいそうになった。 だが、その雰囲気を打ち壊すように、俺の中で機械が動き始める。対処が出来ずにビクッと跳ね強張った身体に、イザークが怪訝そうな目を向けた。 「な、んでもない。大丈夫だ。」 懸命に笑ってみせる。こいつに対してこんな小技を使う事は逆効果だと知っていたが、止められなかった。そしてようやく、初めてイザークの目がキラに向けられる。隣でキラは、何も知らないかのようににこやかに笑っていた。 「何故貴様がここにいる。キラ・ヤマト。」 駄目だ、頭が、 「アスランに、どうしても一人で外に出たく無いから、ついて来てくれと言われたんです。」 つらつらと嘘を並べるキラに、抵抗する業を俺は持たない。 薬が切れた上に与えられる快感は、痛みにしかならないことを、実際に経験したことは何度かある。お仕置きだと言われ、されたことがある。 だが、その時以上の痛みが、俺に襲ってきていた。薬を飲まなければ耐えられない。 …いや、耐えてみせる。お前を体温で確かめられるその間は、絶対に。あの薬は、飲んでしまったら媚薬となるから。俺の身体はすでに、あの薬を飲まなければ、何も無い時にでも苦痛を生み出すようになってしまったが、それでも。それほどまでに、身体がアレに依存している事実を、消したかった。 だが、もう、俺は、 「本当か。アスラン。」 嫌な汗が身体中を伝っていく。頷くしかない俺をよそに、キラはイザークに何かを差し出した。早く、立ち去ってしまいたいのに。内壁を玩具によってゆっくりと震わされ、ちくちくとした痛みが脳を襲う。自身は萎え切り、まったく反応していなかった。いや、出来なかった。痛みしか、感じ取れないのだから当たり前だ。 「…何だ、コレは。」 訳がわからないと言いたげなイザークの声に、ようやくそちらへと視線をやる。そして驚いてしまった。イザークが渡されていたのは紛れもなく、いつもキラが薬を入れていたケースだった。それに添えられていたのは、今俺の中を占める物のリモコン。目を見開いてキラを見れば、彼はこちらを見てくすりと笑った。絶望的なシナリオが、脳内をいくつも駆け巡る。 「…それは、アスランがいつも飲んでいる薬です。それと、添えているやつはあまりつつかないであげて下さい。」 心配だと言いたそうに眉を下げて淡々とイザークに説明を加える姿を、俺は自分の片腕を強く握り締めながら見つめた。ふん、と返事の代わりに鼻を鳴らして、イザークはその二つをポケットへと突っ込む。頭を襲う痛みは最高潮にまで達していて、俺は何とか歯を食いしばることしか出来なかった。 「…アスラン、今日はイザークさんと一緒に居るといいよ。君のマンションで…ね?」 「っ…‥キ、ラ…」 不意に俺へ向けられたキラの瞳はあまりにも冷たくて、了承する以外の事をしたとしたらどうなるのか、雄弁に語っている。 だが、俺がその言葉に頷くのよりも早く、イザークが俺の手を取ってそちらへと引っ張った。突然動いた事により後孔の痛みが増し、こめかみに汗が滲むが、彼は全く気付いていない。 「…そんなことをわざわざ貴様に言われずとも、俺はこいつと一緒に過ごす。」 強く放たれた言葉が、胸に痛かった。そのままキラと別れてエレカに乗り込み、しばらく帰っていない自宅へ向かう。掃除もしていないから埃まみれだろうとか、それを見たらさすがに変だと思うんじゃないだろうかとか、色々考えは巡らせるのだが、いま一つ纏まらなかった。イザークが運転を申し出てくれたことが、唯一の救いだ。窓に頭を預けて目を閉じていると、痛みも少しはマシに感じた。そんな俺に、彼がちらちらと視線を寄越しているのはわかっているが、未だ中で玩具は緩やかに動いているし、薬を飲むことだけは耐えたいのでどうにもならない。 ただ、息が上がってきたのはまずいと思った。この先、更に症状が悪くなると自分がどうなってしまうのか、容易に想像がつく。 早くキラの所へ帰りたい。 まだ、イザークと一緒に居たい。 そんなことを、同時に思ってしまう。ふらふらと思考が揺れている間に、キッと小さく音を立てて車が止まった。何事かと思い顔を上げれば、そこにはマンションが。 「ぁ…‥」 「…着いたぞ。……アスラン…大丈夫か。」 はぁ、と息を吐いてこちらを伺うように言うイザークにこくりと頷くが、扉を開けるために動かそうとした手は何故か持ち上がらない。微動だにしない俺を不審に思ったのだろう。助手席に身体を乗り出して、顔を覗き込んでくる。その彼の唇を、俺は取り付かれたように見つめていた。 「…薬を…くれないか…」 あまりの痛みに耐え切れず、ようやく発した言葉はそれだけだったが、イザークは訝しがる様子もなくポケットからケースを取り出し、カプセルを一つ取って自分の口に放り込む。そのまま口付けられ、唇の透き間からそれを押し込まれた。 久しぶりに感じる彼の唇。そっと撫でてくる舌。それすらも、今は痛みにしかならない。 もう耐えられ無かった。だから、混ざる唾液に乗せて薬を飲んだ。くちゅくちゅと舌を絡ませ合って、何分経ったのかなんてわからない。だが、その間に俺の身体は、先程とは見違えて熱を持ち、中を掻き回す物に感じるようになっていた。薬が効いてきた証拠を確かに感じ始めた頃、ようやく頭の痛みからも開放される。動くようになった腕を彼の首に回し、更に深く唇を合わせようとした。 だがそれは、彼によって拒否されてしまう。すっと離れていく唇に、相手をしてもらえないのだろうかという恐怖を感じた。 「ん、は…ゃあ…‥もっと…。抱いて…下さ…」 今まで何度も、言えと強制されてきた言葉がすんなりと口を突く。どういう状況が今起こっているのか分かったらしいイザークが、ゆっくりと俺の頬を撫でた。それにすら反応を示してしまい、熱い吐息が唇から零れ落ちていく。こんな姿など見られたくないというのに、身体は快感を求めて疼き、正常な判断など出来なくなっていた。 だから、せめて。 「キ…ラ‥頼む…から。」 「…!」 見開かれた青い瞳を、見ないように努める。目の前に居るのはキラなのだと自分に言い聞かせて、彼のスラックスに片手を伸ばした。開きっぱなしの口端から唾液が零れる。腰回りが妙に窮屈に感じて腰を浮かせたのは良かったが、そのままシートに臀部を擦り付け始めた自分の身体に失望した。もう、嫌われてしまったかもしれない。 「我慢、出来な…っ」 「…アス‥ラン。」 自分を呼ぶ声は、紛れも無くいつも助けを求めていた彼のもので、涙が溢れた。 もっと早く、会いたかった、イザーク。 「キ、ラァ…」 はぁ、と熱い吐息を零して、彼の自身をスラックスから取り出す。手中に納めて上下に扱くと、だんだんそれが張ってくるのがわかった。 だが不意に、身体を預けていたシートを倒されて彼に組み敷かれ、俺は突然の事に驚いて自身から手を離してしまう。 「っ…?」 「いい加減にしろ…貴様…!俺は、キラ・ヤマトでは無い!!」 怒りを露にした彼が目の前には居て。どういう状況に陥ったのか、今の俺の頭では認識出来ない。 イザーク、と、吐息で呟くと彼は鋭い舌打ちを零して、俺の自身をぎゅっと握ってきた。正常ならば痛みを感じるはずのそれに、当たり前のように快感を感じて声を上げる。 「ぁあ…ッ。」 「…貴様の身体に何が起こっているのか、薬が切れてから説明してもらうぞ。」 そのまま自身をぎゅっぎゅっと揉み込まれ、背中を反らせて身を捩った。彼の言っている言葉の意味は半分程しかわからなかったが、薬が切れてから、という言葉だけが嫌に頭の中で反芻する。そして、薬が切れた時のあの頭痛を思い出して、身体は戦慄いた。 「ゃ、あ…!イザッ…薬、くだ‥さ…っ…おれ、いい子に、する‥から‥っ!」 脳をじくじくと支配する恐怖から逃れる為に両手で頭を抱え、嫌々と首を振る。涙が勝手に溢れる様子に、イザークは鋭く舌打ちした。 殴られる。 そう思ってきつく目を閉じ、身体を縮こまらせた俺に降って来たのは、柔らかく解きほぐすような口付け。何度も何度も唇を啄まれると、根拠も無く嬉しくなった。久々にされた、優しい優しいキスだからかもしれない。優しい、という事はきっと機嫌が良くなったのだから、薬もくれるはずだという結論に至って、ぎゅっとイザークの首に抱き着いた。 「んぅ、は‥イザ…ク…好きぃ…」 好きだ、と繰り返しているうちにも、自身の先端からは先走りが滲み出て、俺のスラックスを濡らしている。腰が自然と、更なる快感を求めて揺らめいた。強要される訳では無く、衝動で口を突くイザークへの想いが、身体の熱を助長する。 「…アスラン…」 「抱いて、くれ…早く…っ。」 クソ、と小さく吐き出された彼の悪態が、俺の耳へ届く事は無かった。 ふわふわと自分の意識が雲の上を飛んでいるような、堪らなく心地良い感覚に支配される。 あの薬は、完全に俺の身体を掌握していた。 → |